医療安全対策委員会答申

医療におけるリスク・マネジメントについて

 

 

平成10年3月

日本医師会医療安全対策委員会

 


医療におけるリスク・マネジメントについて

 

 本委員会は、平成9年7月23日に、坪井会長から「医療における安全意識の確立と向上を図るために、リスク・マネジメントはいかにあるべきか、その対応策について」の諮問を受け、同10年2月5日までに6回の委員会を開催し、鋭意検討を重ねた結果、現段階における意見を取り纏めましたので、答申いたします。

 

平成10年3月

 

日本医師会

 会長  坪井  栄孝殿

 

医療安全対策委員会            

委 員 長   平山 牧彦

委  員   横山 和子

委  員   大城  孟

委  員   信友 浩一

委  員   中島 和江

(順不同)


目   次

 

はじめに

1 医療事故・医事紛争予防についての基本理念

2 医療事故を予防するための視点

  (1) 安全と危険、事故についての一般論

  (2) 医療において特に考慮すべき視点

    (ア) 医療を担う者としての基本的な姿勢を再確認する

    (イ) マイナスの情報を隠さず詳らかにする習慣を育てる

    (ウ) 原因追及の作業を「犯人捜し」で終わらせてはいけない

    (エ) 正確な情報に基づき事故予防システムを構築し活用すること

3 医事紛争の予防における視点

4 アメリカのリスク・マネジメントに学ぶ

  (1) アメリカのリスク・マネジメントとは

  (2) わが国への示唆

5 医療事故予防対策の提言

  (1) 医療事故および紛争に関する情報収集体制とその組織の確立

  (2) 院内に事故報告体制等の組織を整備する

  (3) 安全対策マニュアルの作成と徹底

  (4) 医療現場の意識改革

  (5) 医療職の労働条件の改善

  (6) 生涯教育・啓蒙活動にリスク・マネジメントを導入する

  (7) 医学教育・医師養成のあり方に対する提言

6 医事紛争の予防のための提言

  (1) 医師に対する教育・啓蒙活動

  (2) 患者の意思を汲み取る努力

  (3) 社会や国民一般に対する広報活動

  (4) 法曹に対する働きかけ

まとめ

 


はじめに

 わが国の医療は、戦後50余年を経て未曾有の発展を遂げ、質・量ともに世界有数のレベルを誇るまでに至った。国民皆保険の達成や平均寿命の伸長は、わが国の医療制度が国民の生命を守り、健康を増進してきた事実を物語る優れた点といってよい。しかし、その一方で、医療事故や医事紛争、薬害事件などに代表される、医療にまつわる負の要素が拡大しつつあることにも目を向けなくてはならない。

 特に医事紛争はここ数年ますます増加の傾向にあり、訴訟に発展したものだけでも年間500件前後が報告されている。この傾向はわが国に固有のものではなく、欧米諸国をはじめアジア各国でも、今や共通の懸案事項であるといわれている。1992年にスペインのマルベージャで開催された第44回世界医師会総会においては、「医療過誤に関するWMA宣言」が採択され、その中で各国の医師会は医療事故の防止対策に取り組むべきであるとの趣旨の提言がなされている。

 日本医師会は昭和48年に「日本医師会医師賠償責任保険」制度を発足させ、医事紛争の公正妥当な解決に寄与してきた。しかし、医療事故・医事紛争に対する日本医師会のこれまでの活動の中心は、既に発生したものに対する解決を目指すものであり、これらを未然に防止する観点からの取り組みは、必ずしも十分とは言い難い状況であった。こうした事情のもとで本委員会は、医療事故・医事紛争の発生を予防し、安全な医療提供体制を確立する必要があるとの問題意識に基づき、わが国の医療制度の現状および未来像につき、広範な角度から検討を行ったものである。

 医療事故・医事紛争の増加は、医師の側にも萎縮診療等の弊害を招き、ひいては患者である国民全体が有効な医療を受ける機会を制約される事態をも引き起こしかねない。医療事故・医事紛争を予防することは、今や、単に医師の自己防衛にとどまらず、社会全体の要請であると考えられ、医療事故・医事紛争の予防は、医療の質の向上と医療費の節約に寄与するなど、その副次的効果も期待しうるものである。

 アメリカでは、医療事故・医事紛争の増加とそれによる医療費の高騰が深刻な社会問題となり、医療事故・医事紛争の予防に関してリスク・マネジメント(危機管理)の手法が採り入れられ、一定の成果を収めている。リスク・マネジメントは当初、企業防衛を目的にアメリカで開発され発展したが、その後、航空業界をはじめとする「安全」が求められる職場に広く採り入れられるに至った。したがって、アメリカの医療界におけるリスク・マネジメントは、豊富な経験と実績に基づく極めて有効性の高い手法であると評価できる。しかし一方で、リスク・マネジメントの行き過ぎにより、アメリカでは医療提供側が訴訟を恐れるあまり、萎縮して防衛的になって、ハイリスクな技術の行使や患者の診療を拒否することも稀ではなく、ひいては患者の医療へのアクセスが不自由になるといった弊害をも生み出している。

 そこで本委員会では、医療事故・医事紛争を効果的に予防するための具体的方策を検討するにあたり、アメリカのリスク・マネジメントの手法を学びながら、日本人に固有の文化、価値観、国民性等を考慮し、また、わが国の医療制度にも適合しうる、現実的で実効性のある対策を目指すこととした。医療におけるリスク・マネジメントには、医療事故の予防と医事紛争の回避の2つの要素が考えられるが、本報告書ではその両者を対象とし、それぞれの目的を達成するために、当面、日本医師会として行動すべき事項、提言していくべき事項に焦点を絞ることにした。

 


1 医療事故・医事紛争予防についての基本理念

 本委員会では、医療事故・医事紛争予防を検討するに際し、「患者の立場に立ち、患者が安心して医療を受けられる環境を整えること」を基本理念として議論を進めることにした。

 この基本理念の趣旨は、患者が医師・医療機関を信頼し、医療提供者も安心して医療を提供できるシステムの構築をめざし、本来の医療の姿である、患者と医療提供者双方の安心・安全の確保につなげていくことである。そのために本委員会では、アメリカのリスク・マネジメントも有効な手法として、積極的に議論をし、さらに日本型リスク・マネジメントのあり方も検討した。

 患者との信頼関係の確立という視点では、インフォームド・コンセントやコミュニケーション、さらには医学教育のあり方にまで提言していくこととしたい。

 また、本委員会がめざす信頼と安心の確立に向けては、長期的な視野に立ち、新しいシステムを構築することが不可欠であるため、医療提供者側が現在かかえているさまざまな問題点もあえて指摘することとした。本委員会は、これらの指摘が、今後、会内をはじめ各方面における議論の発展に資することを望むものである。

 


2 医療事故を予防するための視点

(1) 安全と危険、事故についての一般論

 医療に限らず事故予防策を論ずる場合には、まず安全と危険に対する基本を認識し、そのうえで事故の発生のメカニズムを正確に把握することが必要である。

 事故はある特定の者の人為的なミスやエラーによって引き起こされるものと考えがちであるが、多くの場合、それは事故の一面を捉えているにすぎない。たしかに事故は人為的なミスやエラーを媒介として発生することは事実であるが、事故の発生までには複数の関与者による二重三重のミスやエラーが介在しており、しかもそうした複合的なミスやエラーの連鎖を許すシステムや組織の欠陥こそが、根元的な意味での事故原因である。したがって、過去に起きた事故の発生原因を究明する際に、最終的な行為者を特定し、その個人を非難し問責することは、事故の再発防止にとっては役立たないだけでなく、妨げることにすらなり得る。

 過去に発生した事故例を詳細に検討し、そこから教訓や予防策を学び取ることは、極めて大きな事故抑止効果をもたらす。労働災害の分野では、1件の死亡事故が発生した場合に、その背後には約30件の傷害事故が発生しており、さらにその背後には約300件のニアミス例(事故の予備軍)が存在するという、ハインリッヒの法則が知られており、これはその他の分野における事故にも概ね該当するといわれている。この法則から、医療従事者は、医療現場における些細なミスやエラーを見逃さず、情報を収集しこれらを丹念に検証していく努力を継続することこそが、1件の不幸な医療事故を未然に防ぐ有益な方法であることを学ぶことになる。ひとつの事故をシステムの問題として原因を解析し制御可能なものとする努力が必要である。

 具体的な事故予防策を考える際には、「人間は必ずミスを犯す」という事実を忘れてはならない。すべての事故防止対策は、この前提に基づいて策定されるべきであり、ミスやエラーの発生を如何に少なくするかと同時に、万一発生したミスやエラーを如何に事故へと結びつかせないか、という fail safeの発想こそが肝要である。

 

(2) 医療において特に考慮すべき視点

 上記で指摘したような基本的認識を事故予防のための一般論とするならば、医療事故の予防においては、さらに医療に固有もしくは顕著な事情を踏まえ、以下に示す点を考慮する必要がある。

 

(ア) 医療を担う者としての基本的な姿勢を再確認する

 国民の生命を預かり健康を増進する使命を担う医師は、何よりもまず人の生命に対して畏敬の念を抱くべきであることはいうまでもない。医師は医療サービスの担い手であるという視点に立てば、患者が安心して医療を受けられる環境を整え、提供することが求められよう。旧くヒポクラテスの誓いを引くまでもなく、医療を通じて患者に加害することは最も避けるべきという当然の理を再確認しておかなければならない。

 患者が安心しうる環境とは、医師と患者の間に信頼関係が醸成されていることを前提とする。患者からの医師への信頼には、「医師の技術、判断が的確で誤りがないこと」が基本的な前提となる。そのうえで、「患者と医師との意思疎通が円滑に行われること」も求められるというべきである。

 患者は医療を提供する医師に対して何を最も求めているのか、医師としての基本的な姿勢はどうあるべきかを、ここで今一度すべての医師が自問すべきである。

 

(イ) マイナスの情報を隠さず詳らかにする習慣を育てる

 誰しも自ら犯したミス、エラーや事故の情報を進んで他人に知らせたくはないものである。しかし、国民の生命を預かる医師としては、あらゆる事故の先例を教訓とし同じ過ちを繰り返さない努力をなすべきである。教訓となるべき事故やミスの先例に関する情報は、それを犯した医師本人が、他の医師の学習のためにも進んで提供することが求められる。こうしたマイナス情報が行為者自身から積極的に発信されるためには、医療現場に自由な発言を容認する雰囲気を育てていくことが必要である。

 

(ウ) 原因追及の作業を「犯人捜し」で終わらせてはいけない

 事故の原因検討は、往々にして行為者本人を特定し、その者の不注意や不手際を指摘して反省させるという手法に終始しがちである。しかし、真の事故原因は、何故その行為者がかかる不手際、不注意を犯したのか、それをもたらした原因は何か、という点にあるというべきである。すなわち、原因究明において重要な視点は「誰が事故を起こしたか」ではなく、「何が事故を招いたか」であることを銘記すべきである。また、医療現場の管理者を含む多くの関係者が、率先してこのような視点をもつことは、ひいては先に挙げた自由な発言を許す雰囲気へとつながり、事故予防に有用なマイナス情報を数多く吸い上げることが可能となる。原因追及を続けると、労務管理、人事管理、薬品管理など病院全体のシステム管理が問題になることもあり得ることを指摘したい。

 

(エ) 正確な情報に基づき事故予防システムを構築し活用すること

 上記(イ)(ウ)で挙げた諸点に配慮し、事故やミス、エラーに関する偽りのない情報を集積しうる体制が整えば、これらの情報をもとに具体的な事故予防対策を整えることが可能となる。

 こうした事故防止の対策は、個々の医療施設においてそれぞれの設備、人員、その他の事情を考慮して、独自に作成することが望ましい。また作成した事故防止対策は、マニュアルやチェックシートなど、簡明にして実際に活用しやすい形態にまとめることも肝要である。そのうえで予防対策の使用にあたっては、不都合な箇所、不足する箇所等を絶えずチェックし、修正しながら用いていくことが重要である。

 


3 医事紛争の予防における視点

 医療事故は何よりもまず起こさないことが大切であるが、人間のミスやエラーは完全に排除しきれないものである以上、それが事故へと発展した場合の的確な対処法も備えておくことが必要である。

 医療事故訴訟を提起した原告患者側が、医師側の責任を追及するに至った動機は、医師が十分な説明をしてくれなかったから、とするものが最も多く、次いで二度と事故を起こさないための努力不足と謝罪の姿勢がみられなかったこと、経済的な補償を求めるためという理由が挙げられている。この傾向は、欧米における複数の客観的調査によって裏付けられている。この結果から明らかなように、コミュニケーションとアベイラビリテイ(医師がそこにいると患者が感ずること)は重要で、紛争抑止効果は大きい。患者の納得感*の向上は、医療技術の向上以上に紛争を防ぐことが実証されているというべきである。さらに患者とのコミュニケーションを向上し意見に耳を傾けることは、紛争防止効果に止まらず、医療事故の予防にも寄与する結果となる。

  *納得感; 一般的には患者の「満足度」という語が用いられるが、「満足度」は一過性のものであり、医療提供側に真に求められているのは、医療の結果に対する最終的な患者の「納得感」であるとの認識に立ち、あえてこの言葉を用いた。

 


4 アメリカのリスク・マネジメントに学ぶ

 これまでに指摘した基本的視点に基づき、具体的な事故および紛争の予防策を提言していくが、この際、アメリカにおけるリスク・マネジメントの手法を参照しておくことは、わが国における議論を展開するうえでも有益であろう。もちろん、アメリカのリスク・マネジメントには企業防衛的な色彩が強く、そのままでは日本に馴染まないとの指摘ももっともであるが、事故を起こさない、紛争に発展させないためのノウハウの蓄積には優れた点があることも事実であり、ここから学ぶべき点は少なくない。

 

(1) アメリカのリスク・マネジメントとは

 アメリカは訴訟大国であるという社会環境もあり、医療におけるリスク・マネジメントが高度に発達している。リスク・マネジメントとは、「医療機関の有形および無形の資産の保護」、「患者、訪問者、従業員の傷害からの保護」、「事故の原因や紛争の火だねの検出、分析、対策」および「医療の質をモニター・改善することによる事故や紛争の予防」を目的とするものである。アメリカの一般的な病院における内部組織は、「運営・管理系」と「医療専門職系」の二系統によって構成されているが、リスク・マネジメントはこのうちの前者が担当する業務である。他方、医療専門職系の部門でも、事故の予防や医療の質の向上のための活動を行っており、これはクオリティ・アシュアランス(質の保証)と呼ばれている。リスク・マネジメントとクオリティ・アシュアランスは、ともに「医療によって起こる患者の傷害を防止する」ことを目的としている点では似通っているといえるが、具体的な手法は全く異なる。クオリティ・アシュアランスは医療専門職系が担う活動として重要なものであるが、本報告書はリスク・マネジメントの検討を主眼とするものなので、紙幅の関係上、両者の具体的な差異には、これ以上言及しないこととする。

 リスク・マネジメントがアメリカにおいて高度に発達した背景には、病院も医師もこれを避けて通れない制度が存在することを指摘しうる。すなわち、病院はリスク・マネジメントおよびクオリティ・アシュアランス活動を行わなければ、病院の免許を州政府から取得、および維持することができないうえに、メディケア(65歳以上のアメリカ国民を対象にした社会保険)に加入する患者についての医療費の支払いを連邦政府から受けられず、さらにJCAHO(第三者医療機関評価機構)の認証も受けられないのである。他方、医師についても、2年に1回の医師免許の更新に必要な生涯教育100単位のうち、10単位をリスク・マネジメントの分野から取得することが義務づけられている。また、リスク・マネジメント活動が、医師の積極的な参加なしには成功しえないものであることを反映して、医師賠償責任保険を提供する保険会社においては、病院のリスク・マネジメント委員会等を通じて患者の安全確保に取り組んだ医師に対して、保険料を割引くといった制度も設けている。このように、リスク・マネジメントは法律的強制、経済的・学術的動機づけ、自己防衛、および他の医療提供者との競争の枠組みのなかで行われているのであり、決して病院や医師の自主的な高い志によってなされているのではないことに注意しなければならない。

 アメリカにおけるリスク・マネジメント活動の対象は、病院、勤務医、開業医など多岐にわたるが、なかでも積極的な取り組みが見られるのは病院においてである。病院における活動では、院内のリスク・マネジメント課と呼ばれる部署がその中心的役割を果たす。その主たる活動は、医師賠償責任保険をはじめとする各種保険の購入、クレームの処理、患者や報道機関等への対応、リスク・マネジメント関連の予算の確保、医療専門職への事故および紛争予防のための教育等である。とりわけ、病院内の事故情報をインシデント・レポート(事故やニアミス、紛争の火だねの報告書)などを通じて収集・分析し、また病院内にフィードバックする活動は、リスク・マネジャー(リスク・マネジメント課に所属してリスク・マネジメント活動を専門に行う職種)の役割として重要なものの一つである。なお、インシデント・レポートの内容は州法によって秘密が保証されており、医療事故裁判においても情報開示義務の対象外となっている。これは、事故予防対策に有益な情報が、医療提供者自身によって報告されることを促進するための措置である。また、リスク・マネジャーはカルテに書いてよいこと、書いてはならないことなど、紛争予防や万一紛争になった場合にも防御しうる具体的方法を医師に指導している。インシデント・レポートの一部、例えば、紛争に発展すると考えられる事故が発生したこと、患者側弁護士がカルテを複写するために病院を訪れたこと、あるいは患者から苦情が寄せられたこと、といった情報は、リスク・マネジャーからその病院を担当する医療事故保険会社のクレーム課に報告される。これを受けて保険会社では、紛争に備えて人々の記憶が新しいうちにあらかじめ事実関係の調査に着手する。いわばリスク・マネジャーは、病院や医師と保険会社の間の橋渡し役といってよい。

 このインシデント・レポートの例からも明らかなように、リスク・マネジメント活動は、リスク・マネジャーを置いて紛争になりそうな事例を収集・分析・フィードバックするだけでは十分とは言えず、保険会社との連携があって初めて完結するものなのである。また、リスク・マネジメントの成功は、医療専門職、特に医師との信頼関係に依るところが大きいため、リスク・マネジャーには相応の学歴と人望が要求される。反面、その業務の性質上、ストレスが多く転職率が高いことも事実である。さらに病院の経営が困難になった場合には、最初に専任の職を解かれて他の仕事との併任とされる職種であることも、リスク・マネジャーという仕事の性質を物語っているといえよう。

 一連のリスク・マネジメント活動の流れの中で、医師賠償責任保険を提供する保険会社が果たす役割は大きい。保険会社においては、前述のクレーム処理に加え、保険の引受・審査を担当する部門が、リスクの違いによって診療科目別に保険料を決定している。決定に際して一部の保険会社では、医療事故訴訟歴に応じて保険料が調整されるという、経験料率の仕組みをとり入れている。しかし、その場合でもインシデント・レポートの提出数については、保険料に反映されない配慮がなされている。これは、勤務医から病院のリスク・マネジャー、さらに保険会社への潜在的な紛争事例の報告を促進するという理由によるものである。

 さらに特筆すべき保険会社の活動としては、事故および紛争予防のために、教育を中心とした各種サービスの提供を通じ、医師や医療機関を支援している点を挙げることができる。こうしたサービスの提供は、医療専門職という仕事が、その個人の資質とは無関係に、日常的に事故を経験し紛争に巻き込まれる可能性を内在していることを前提とするものである。教育活動に用いられる教材には、判決が出された事故例のみならず、裁判中および法廷外で和解解決したものなど、保険会社が取り扱った医事紛争の既決事例を定量および定性的に分析したデータが盛り込まれている。これらのデータは法律的な観点からではなく、臨床現場における実践的な事故および紛争予防に活用しうる視点から分析されたものである。したがって、その内容は今日的かつ学術的であるため、教材としての医師からの支持も厚い。近年、医療事故発生の要因として、病院のシステムに内在する欠陥が注目されるようになった。保険会社では、このようなシステムの欠陥を把握するにあたっては、過去の医事紛争の分析を行うだけでは限界があるとの反省に基づき、専門医を集めた検討を通じてのエラーの予防と検出という、より根本的な対策への取り組みを試み始めている。また、患者側から訴えられた際に医師はどう対応すべきか、裁判の過程でどのようなことを経験するのかなど、医事紛争に関する基本的知識の普及や、医師が現在直面している問題に関する個別の電話相談なども行っている。保険会社によるこのようなきめ細かいサービスには、医師が医療事故に関する保険や法律の知識に明るくないことや、訴えられたことによる精神的な動揺などから不合理な行動に走って敗訴するという事態を防止する効果がある。

 前述した保険会社による活動とは別に、アメリカ医師会においても、医師賠償責任保険や、事故・紛争の予防に関する多様なテキストを出版し、リスク・マネジメントに関する教育を積極的に行っている。このなかには、病院や勤務医とはリスクの内容が異なる開業医を対象とした教材も含まれている。これらの教材の開発は、必要に応じて各種学会などから専門家の協力を得て行っている。

 

(2) わが国への示唆

 これまでに紹介した事実から明らかなように、アメリカにおけるリスク・マネジメントは、医療提供者の自己防衛のための、徹底した「教育」と「先制攻撃」に集約でき、「紛争予防とその解決」に主眼がおかれている。アメリカは訴訟大国であるうえに、医療が自由市場における商品の一つと捉えられ、病院や医療保険の多くが、営利、非営利にかかわらず民間企業によって運営されているため、リスク・マネジメントは必要不可欠な活動といえる。なかでも先例から得た教訓を事故・紛争予防に生かすシステムは非常に優れており、ここから学ぶべき点は多い。しかし一方で、アメリカのリスク・マネジメントは、医療事故や患者の苦情など、医療の質の向上を図る際に不可欠な要素が、これまで訴訟という枠組みのなかでのみ捉えられてきたため、臨床現場における医療の質の向上という建設的な活動のなかに、未だ有機的に組み込まれずにいる点は克服すべき課題として指摘できよう。

 翻って日本では医療を公的資源と捉えている点で、アメリカとは根本的に考え方が異なる。したがって、わが国はアメリカ型リスク・マネジメントのなかから学ぶべき点は積極的に取り入れるとともに、わが国の医療理念に合わない部分は捨て去り、患者の安全を基本に据えた日本型リスク・マネジメントを、自らの手で構築することが求められているといえよう。

 


5 医療事故予防対策の提言

 先に指摘した医療事故を予防するための4つの視点を基礎とし、また、アメリカのリスク・マネジメントの議論をも視野に入れたうえで、本委員会は医療事故の予防に向けて、以下の7つの具体的な提言を示すものとする。

 

(1) 医療事故および紛争に関する情報収集体制とその組織の確立

 過去の事故例から多くの教訓を学ぶことの重要性については、既に繰り返し述べた。そのための基礎的な資料を整えるために、できる限り多くの医療事故情報を集め、個々の事例につき真の事故原因を解析し、継続的に蓄積していくことが先ずもって必要となる。もっとも、現在のままの日本の医療環境においては、広く医療事故に関する情報を収集することは、極めて困難な状態であり、これを公正な立場から実施することが可能な組織・団体を設置することが望ましい。なお、アメリカ医師会は1997年9月に、医療事故に関する情報収集とその防止を目的とした財団 The National Patient Safety Foundation at AMA (NPSF) を発足させ、今後の活動に期待が寄せられている。わが国における医療事故情報の収集・解析体制の整備に際して、参考とされるべき事例といえよう。

 また集積した情報は、会員およびその他の医師の利用のために開かれたシステムとして構築すべきであろう。但し、情報の収集、保管、活用に際しては、事故当事者のプライバシーの保護には特段の配慮をし、個人・医療施設の特定につながる情報開示はすべきではない。

 

(2) 院内に事故報告体制等の組織を整備する

 (1)にみた全国的、または地域等の規模における事故情報の収集体制を整備する一方、各医療施設内においても、自己の施設内で発生した医療事故について自主的に報告・届出をなすシステムを整備することが求められる。これは懲罰を目的とするものではなく、あくまでも事故原因の解明と、再発防止対策の検討に有用な情報を収集するという建設的な目的をもつものであり、この趣旨をすべての管理者、スタッフに徹底することを忘れてはならない。

 具体的には、院長に直接、意見具申ができる常設の組織として、医療事故はもちろん、如何なる些細なエラーやニアミス例であっても、この組織に対して自主的に報告することを義務づけることが考えられる。また、この組織は、収集した情報を活用し具体的な事故防止対策としてマニュアル化したり、教育に活かす方法を企画する際の、中心的役割も担う必要がある。

 

(3) 安全対策マニュアルの作成と徹底

 各医療施設においては、上記で提言した組織に集められた過去のエラー報告、事故の経験、その他の知見をもとに、独自に事故防止のためのマニュアルを作成し、施設内のスタッフに徹底することが事故防止対策として有効である。これは事故防止対策が最も具体的な形として現れ、かつ臨床現場の医師らに直接フィードバックされる場面でもあるので、リスク・マネジメントの中心をなす活動としてとりわけ重要である。したがって、マニュアルはそれぞれの医療施設の事情を反映して個々に作成すべきであり、本委員会が統一的なモデルを示す性質のものではない。

 マニュアルは、数頁にも及ぶ詳細なものよりも、簡潔で注意を喚起しやすい体裁とし、診療現場に吊り下げ、もしくは掲出して利用できるものが望ましい。具体的には、基本的ではあるが見落とすと重大な事故につながる恐れがあるチェックポイントなどを、一枚のチェックマニュアル形式で作成し、医師らが自ら復唱して確認をする、といった使い方が考えられる。

 作成されたマニュアルは、医師のみならず診療現場に従事するすべてのスタッフに周知されることが必要である。これは、すべてのスタッフが安全に対する意識を育み、事故防止活動に積極的に参加しようとする契機となる。さらにマニュアルを日常診療に利用しながら、不完全な点や改善すべき点について、個々のスタッフが提案を出し合い、常に改善しながら使っていくことも必要である。

 また、特定の診療科目に共通に頻発する事故、ミスやエラーについては、学会、医会等のレベルによる専門的な検討に基づき予防対策が講じられるべきであり、日本医師会はこれらの活動に対しても積極的な支援をなす必要がある。そのためには、個々の医療施設の枠内にとらわれず、専門職たる医師の間ではマイナスの情報をも共有しあうという姿勢が必要なことは言うまでもない。

 

(4) 医療現場の意識改革

 従来、多くの医療現場においては、上席の医師の発言や指示は権威のある絶対的なものとして扱われ、第三者による評価、牽制を受けることはありえないという風潮が少なからずみられた。これは、事故防止の視点からは最も戒めるべきである。ある者がなした判断は、その者の地位、経験に関わらず、必ず他者の牽制を受けなければならないというシステム(同僚審査)を、すべての医療施設において採り入れるべきである。

 しかし、医療施設のシステムのみを改革しただけでは、徒に個々の医療従事者の感情を刺激し、衝突を招きかねない。肝要なのは、事故防止や安全に必要な事項は、席次や権限の枠にとらわれることなく、誰もが自由に発言し、建設的な議論をなしうる雰囲気を医療現場に醸成することである。これは個々のスタッフに意識の改革を迫るものであり、決して容易に成し遂げられるものではない。この意識改革を成功に導く要諦は、まず医療施設の管理者など上級職にある医師自身が、率先して意識改革をすることである。

 

(5) 医療職の労働条件の改善

 医療施設における人員不足は、1人あたりの労働量を増加させ、過労、多忙による注意力の欠如からのミスやエラーを誘発する。医療施設のなかには人員の確保が難しいという事情から、慢性的な人手不足と過重労働に陥っている施設が少なくない。しかし、このような医療施設の開設者・管理者は、人員補充により医療スタッフ一人あたりの労働量を軽減し、労働環境を整備することが、患者の安全をもたらし、医療事故の予防につながることを自覚すべきである。

 ただし、労働環境の整備の問題は、個々の医療施設の努力を期待するだけでは限界があることも事実である。したがって、この問題に関しては、医療職種の需給の見直しや診療報酬面での手当てなどを、国家レベルで取り組み、改善していくことも同時に求められるというべきである。

 

(6) 生涯教育・啓蒙活動にリスク・マネジメントを導入する

 医療事故に関する最新事例の情報や、その分析から得られる貴重な教訓、リスク・マネジメント研究の成果は、1人でも多くの医師や医療職種の人々に伝えられ、個人が事故予防や安全について気づき、考える際に活かされるべきことは言うまでもない。

 具体的な教育・啓蒙活動の方法としては、医療事故防止のための講習会の開催、医療事故訴訟に関する最新情報を盛り込んだ簡便な小冊子の作成、配布等が考えられる。これらは学術専門団体たる医師会の事業に馴染むものであるので、日本医師会および各都道府県医師会等が積極的に推進していくことが望まれる。この教育・啓蒙活動は、医師全体に共通の問題も少なくないが、同時にそれぞれが抱える問題の固有性を考慮した教育・啓蒙内容とすることが必要である。具体的には、[診療所と病院]、[大学病院・教育病院とその他の病院]、[外来部門と入院部門]、[管理者・勤務医とその他の医療従事者]、[専門科別の医師]といった区分により実施することが考えられる。なかでも講習会については、郡市区医師会を単位とするもののほか、若年層の病院勤務医を対象とするもの、医学部学生を対象とするものなどを重点的に検討すべきである。

 また、医療事故を数回にわたり起こす医師に対しては、安全講習(仮称)の受講を義務づけるといった対策が考えられる。これをどのような組織が行うかなど、検討すべき課題は多いが、医療事故の再発防止対策としては極めて有効な方法といえよう。

 これらの手段を通じて伝えられるべき情報は多岐にわたるが、本委員会としてとりわけ強調すべき内容は、「あらゆる医療事故が、いくつかの原因の積み重なりによって発生している事実を、関係者がはっきりと自覚すべきである」という点に集約される。

 その他の教育・啓蒙方法としては、日本医師会生涯教育制度の一環に、医療事故予防、リスク・マネジメントに関する単位を組み込むこと、学会専門医・認定医等の資格取得および更新の要件に同様な措置を講ずることなどが考えられる。これらは組織間の調整等を要するため、直ちに実現することは困難であるが、早急に検討されるべき課題として提言するものである。

 

(7) 医学教育・医師養成のあり方に対する提言

 安全な医療をめざす姿勢は、医師の基本的なモラルとして医師養成段階から培われるべき性質のものである。そのために大学医学教育において、医療事故防止や安全意識の確立を目標とする講義科目を是非とも採り入れていくことが必要である。また、これとともに医学教育全般にわたり再検討を行い、患者が安心してかかれる医師の養成を基本理念に含む、医学教育の体系をめざすべきである。

 なかでも日常診療の基本的な行為である、カルテの作成に関して体系的な教育がなされていない現状は直ちに改善されるべき点である。医学的に正確で客観性のあるカルテを作成することは、医療事故訴訟に備えるという以前に、的確な診療を確保し事故を防止する効果が高いことは言うまでもない。

 さらに根本的な指摘ではあるが、今後の医療を担う立場にある昨今の若年層を中心とした医師および医学生の多くに、他者との意思疎通能力が欠如していることは、極めて憂慮すべき点といえよう。患者あるいは他の医師、医療関係職種者に対して、1人の人間として向き合い、意思疎通を円滑に行うことは、医療を担う職にあるものとして必須の条件である。こうした昨今の風潮は技術、知識偏重の現行の医学教育のあり方を是正し、全人的な医学教育をめざす必要があることを示唆するものといえよう。

 


6 医事紛争の予防のための提言

 医療事故に対する取り組みは、何よりも先ず、上でみたような、事故を未然に回避する対策をたてることが優先的課題であることは多言を要しない。そのうえで、万一発生してしまった医療事故を如何に処理するかという問題も、適正な医療提供を担保するために真剣に取り組む必要がある。医療事故が発生した後の医療施設側の対応として対策をたてるべき点は、先ず医療事故を医事紛争へと発展させないこと、次に医事紛争へと発展してしまった場合にこれを合理的に解決すること、の2点にまとめられる。本委員会は、この問題意識にたち、発生した医療事故を医師・医療機関と患者の双方にとって最も望ましいかたちで解決することを目標において、以下のような提言を試みるものである。

 

(1) 医師に対する教育・啓蒙活動

 日頃患者の診療に忙殺されている多くの医師は、医事紛争を他人事と考え、万一医療事故に遭遇した場合の初期対応および裁判、賠償責任保険に関する知識の備えが不十分であるとみられる。また従来は、このような知識や情報を医師が簡便に入手できる方法も十分とはいえない状況であった。

 今後は、医師賠償責任保険の仕組みや医事紛争訴訟の手続きなどが簡単に理解できる小冊子を作成し、できるだけ多くの医師に配布して、知識の普及・啓蒙に努める必要がある。この小冊子の作成は日医医師賠償責任保険制度の事業の一環として取り組むべきである。但し、作成にあたっては、これらの知識を豊富に備えた保険会社、弁護士等の協力を得ることが不可欠である。

 

(2) 患者の意思を汲み取る努力

 患者に丁寧な説明をし治療に対する同意を得ること(インフォームド・コンセント)の重要性が唱えられて久しい。患者とのコミュニケーションを良好に保つことは、患者が医療に対して過度の期待をするといった思い込みを減らし、無用なトラブルを避ける効果がある。その意味からも、医師個人は、患者の症状、手術の適応、術後障害、薬の副作用等につき、可能な限り平易かつ丁寧に説明し、患者が医療の結果に納得感を得られるよう努力することが求められる。

 一方、医療機関が組織全体として、患者が納得感を得られるために努力する取り組みも必要である。アメリカの病院の一部には、リスク・マネジメントの観点から、Patient Representativeという患者の苦情や相談を受けつける職種があり、ここで対応したため訴訟に至らず、解決する場合も少なくはない。特に原告患者側の目的が金銭でなく、医師からきちんとした説明を聞きたいという場合には効果を発揮しうる方法として参考とすべきである。

 

(3) 社会や国民一般に対する広報活動

 昨今の一部の報道にみられる医療界に対する批判のなかには、全く根拠のないものや偏見に満ちたものも見受けられる。こうした報道は、医師・患者の双方に誤解を招き、徒に医事紛争をめぐる状況を深刻化させている。ただ、われわれ医療提供側も、これまで充分に自らの情報を開示し、公の場で議論することを怠ってきたことも事実であると言わなくてはならない。

 今後は、日本医師会をはじめとした医療提供者を代表する立場にある団体は、医療事故予防や医療の質の向上に向けて努力している医療界の現状を、広く社会に向けてアピールする努力もなすべきであろう。こうして医療提供者に関する正確な情報を開示することによって、社会や患者の無用な誤解を避け、ひいては医事紛争を減少させる効果を期待しうるものといえる。

 

(4) 法曹に対する働きかけ

 医療事故訴訟における審理や判決のなかには、科学者たる医療専門家の立場からみて、承服しがたい内容のものも見受けられる。こうした事態が引き起こされる原因の一つには、医療・医学に関する正確な情報が、必ずしも十分に裁判官に伝えられていないことが考えられる。したがって、主に被告医師側の訴訟代理人となる弁護士は、法廷活動を通じて医療・医学の現状を正しく裁判官に伝達できるよう努めることが望まれる。そのため、先ず医事紛争事件を扱う弁護士に対して、医療・医学情報に関する支援活動を行うことが必要である。またこれと併せて、医療事故訴訟における医学鑑定人として適切な人材の確保も重要な課題である。 

 さらに、医療専門家として承服しがたい判決が出された場合には、学術専門団体の立場から、日本医師会や各学会等の公式の見解、意見等を発表し、主張していくことも必要である。

 


まとめ

 以上、本委員会での検討をもとに、医療事故、医事紛争の予防に向けてわれわれ医療提供者が取り組むべき課題を提言した。

 まず、現状の問題点としては、日本の医療界では医療事故および紛争の予防についての対策は、これまで個々に行われてきて、システム化されていなかったこと、またその根底をなす思想、方法も確立されていなかったことを指摘した。これらの現状認識に立ったうえで、医師は患者の立場に立って、患者が安心して医療を受けうる環境を提供することに努めるべきであることを、本委員会の基本理念とした。

 そこで、今後、具体的に医療の安全のためにどのような方策が可能であるか、その方向性について提言をしたというのが、本報告の位置づけである。本委員会としては、本報告の趣旨を踏まえ、次年度以降、より具体的な取り組みを推進していくことが必要であると考える。

 本報告中で触れた数々の提言を整理すれば概ね以下のとおりである。

 

(1) 日本医師会およびその他の医療団体が取り組むべき課題

   ・医療事故や医事紛争の予防に関する活動を専門に行う組織の設立

   ・医療事故や医事紛争に関する資料と情報の収集および解析

   ・医療の安全に必要な考え方、知識を医師に普及するための講演会の開催

   ・医事紛争に関する知識の普及教育のための小冊子等の作成・配布

   ・医療提供者の安全に対する取り組みについての、対外的な広報宣伝活動

 

(2) 医療施設の開設者・管理者が取り組むべき課題

   ・施設内での事故やニアミス情報の収集体制の整備

   ・各現場ごとの事故防止マニュアルの策定と徹底

   ・医療の安全を内容とする建設的意見を自由に議論できる人的環境の整備

 

(3) 個々の医師・医療従事者が取り組むべき課題

   ・医療事故の情報を将来への教訓にしようとする意識の改革  

 

 なお、上記提言以外にも本委員会で議論にのぼったが、時間の制約や、本委員会の検討テーマとして相応しくないといった理由により、具体的な提言に至らなかった項目も多数あった。最後にそれらのうち、主なものを付記し、本報告を終わる。

 

(1) 医療安全対策の方法論として、診療所と病院は区別すべきであるとしたが、その具体的な相違点についての検討。

(2) 事故を繰り返す医師に対しては、再教育などを行うことが、また医療事故を多発する特定の医療施設に対しても何らかの経済的ペナルティを課すことが、それぞれ考えられるが、その妥当性および方法論についての検討。

(3) 医師の過失と患者の損害との間に法的因果関係は証明できないが、偶発的に発生し、現実に患者に多大な損害が生じている医療事故も少なくない。このような患者を救済するために、医師の過失を前提としない国家的補償制度を創設することが考えられるが、その是非および方法論についての検討。

(4) 既にレセプトの開示が始められているところであるが、カルテの開示を含めた医療に関する情報の開示の妥当性および具体的な開示の内容についての検討。

 

以 上