医療安全器材開発委員会 報告
接続器具・シリンジ・輸液セット・輸液機器等に関わる安全確保の検討
平成14年2月
日本医師会医療安全器材開発委員会
委 員 長 | 飯田 修平 | 東京都医療保健協会練馬総合病院理事長・院長 |
委 員 | 大谷 道輝 | 東京逓信病院薬剤部副部長 |
委 員 | 狩野 浩子 | 柏戸病院総婦長 |
委 員 | 那須野修一 | 横浜労災病院臨床工学部主任 |
委 員 | 藤川 正 | 東京医科大学救急医学講座講師 |
委 員 | 道又 元裕 | 日本看護協会看護研修学校重症集中ケア学科教員 |
委 員 | 山本 章博 | 日本医療器材工業会常務理事 |
目 次
T はじめに
構造不況、デフレ不況の厳しい社会情勢の中、医療制度改革が実施されようとしている。しかし、その内容は、医療保険財政対策であり、医療費抑制が主旨となっている。その反面、医療の質向上、顧客(患者)満足、自己選択権、情報開示の促進が求められている。とくに、医療安全確保・医療事故防止対策が喫緊の課題となっている。
このような状況において、医療安全器材開発委員会が設置されたことは、極めて重要かつ意義あることである。本委員会は、このような認識を持って、医療安全確保・医療事故防止対策を医療安全器材の開発の観点で検討した。
本委員会では、全国の病院・診療所(約10万2千施設)を対象とするアンケート調査を平成13月7月2日から9月28日まで実施した。回答数は1275医療機関、5402事例であり、そのうち有効回答数は5148事例であった。FMEA(故障モード影響解析)手法に準じた分析の結果、輸液セット・接続器具・輸液機器、人工呼吸器に関する事故対策が必要であるとの結果が得られた。
人工呼吸器に関する対応は日本医用機器工業会および日本臨床工学技士会の報告書があるので、まず、接続器具・シリンジ・輸液セット・輸液機器等に関わる安全確保を検討した。
医療の安全確保と医療事故防止(未然防止)のためには、医療従事者の資質向上の努力と、確実な業務の遂行が必須である。個人および組織の両方の対応が並行してなされなければならない。いずれか一方を原因とし、いずれか一方だけの対応では目的を達成することはできない。
臨床の現場を担当する、個々の医療機関の取り組みが基本であり、最も重要である。それに加えて、医師会、病院団体、行政、医療機器開発・製造・販売企業、その他の医療関係団体、報道の連携および支援が必要である。
とくに、安全な医療器材を開発するためには、開発・製造側だけの考えや都合(Product out)だけではなく、使用する医療従事者の意見(Market in)、場合によっては、適応される患者の意見が反映されなければならない。開発・製造側と使用者側が協力して開発することが必要である。本委員会委員の構成はこれを満たすものである。
U 接続器具・シリンジ関係
1 ロックに関する事項
1)ライン接続はすべてロックタイプに統一する
従来の非ロック式の接続ラインを用いる場合、接続部の固定度は低く、何らかの物理的外力(特に引っ張る力)が加わると容易に接続部からの離脱が起こる。それ故、臨床では接続部からの離脱を予防(安全確保)するために輪ゴムや紐、或いは、テープ類などで接続部を固定している場合が多い。このような状況は作業を増やしているばかりではなく、患者の状態が急変した場合には、緊急的処置などが遅れる要因ともなり得る。
また、脱落しないように異常に強い力でねじ込むので、接続部に亀裂が入る場合がある。このような状況では、薬液が漏れて必要な薬剤が注入できないことになる。
したがって、輸液ライン類の接続はすべてロックタイプにするべきである。
2)新たなロック機構の開発
現在のロック方式では、静脈内留置針などと接続して使用した際に、圧迫による皮膚障害などを惹起する場合がある。また、細小径の短小の留置針では、ロック固定操作時に、留置針の脱落の可能性がある。したがって、接続部の小型化も含めた、操作性の良い、新しいロック機構の開発が必要である。
新機構を開発する際は、形状や大きさ(口径)が、ISO等の規格に合わない場合もあろうが、静脈内留置針などとの接続の場合などに限定した、日本からの新規格提案も必要である。
2 三方活栓の流れる方向を示す形状・方法を統一する
現在、臨床で使われている三方活栓は、その矢印が液体の流れる方向を示すものと、流れが止まる方向を示すものの2種類が使用されている。それらをいずれかのタイプに統一することが必要である。また、製造企業により、流れる方向の表示方法が異なる。誤操作による事故を少なくするためには、流れる方向をわかりやすく表示することが望まれる。
いずれの方式に統一するか、具体的な検討を開始する必要がある。
3 チューブ・シリンジ・接続器具等の色の統一
チューブ・シリンジ・接続器具等の色はメーカー毎に、用途別に独自に識別されている。しかし、医療機関では、単独の企業の製品を採用しているのではなく、複数企業の製品を使用している。そのため、かえって混同・過誤を生じる可能性がある。
したがって、チューブ・シリンジ・接続器具等は、用途別に色を統一することが必要である。
V 輸液セット関係
1 側注用のゴム管の廃止
輸液ポンプを用いる場合に、三方活栓が閉塞(off)状態になっていると、輸液ポンプの閉塞警報が鳴る前に、内圧が上がって側注用ゴム管部からの接続離脱が起こる場合がある。三方活栓など他の器材によって代替可能であることを踏まえ、側注用ゴム管は廃止すべきである。
2 「タコ管」の廃止
「タコ管」は、気泡の体内流入を予防するためにあるが、実際には、患者の体動などによってタコ管の向きが変化し、本来の役目を果たさない場合がある。また、貯留した気泡が一度に体内に流入する可能性がある。一方では、その程度の空気は生体には影響がない。また、接続部分がロック機構でなく、ロック式のルアーにねじ込むなど誤った使用により、離脱の原因ともなっている。
したがって、存在意義の少ない、タコ管は廃止することを提案する。
3 輸液セットの滴下数の統一
現在、本邦においては1ml≒X滴の種類が極めて多く(約6種類)、滴下数の計算間違いを生じやすい。通常のものと微量のものなど2〜3種類に統一する必要がある。
(10gtt/min 米国,15gtt/min,16gtt/min,19gtt/min、20gtt/min欧州,60gtt/min)
W 輸液ポンプおよびシリンジポンプ関係
1 フリーフロー対策
1)フローセンサー設置
フローセンサー設置は注入量の精度を上げるという意義はあるが、フリーフロー防止対策としては充分ではない。
フリーフロー対策としてフローセンサーを設置することは、警報を発するので、一見、安全のように見える。しかし、臨床においては、フリーフローが問題になるような薬剤の投与時に警報を発しても、その時には、既に大量の薬剤が流入している状態であり、危険を回避することはできない。逆に言えば、フローセンサーにより事故を防止できる薬剤であれば、フリーフローは大きな問題とはならないということである。
既存の機器においても、オプションでこれらの機能を付加できる機種も存在する。しかし、これらの設置は、誤報の頻度増大および操作の煩雑さから新たな過誤の増加につながる可能性がある。操作性が良くなければ、運用において(臨床上)、その機能が活かされないことに留意しなければならない。
2)アンチフリーフロー機能付加
したがって、フリーフロー対策としては、アンチフリーフロー機能を付加することが推奨される。この機能は、主に海外企業が特許権を取得しており、新たな機構開発は非常に難しいといわれている。しかし、安全確保の観点から、国内企業による独自のアンチフロー機構開発あるいは特許権取得を促進・支援する方策を講ずる必要がある。
3)定圧弁設置
アンチフリーフロー機構がない場合においても、定圧弁はフリーフロー対策として必要である。
輸液ポンプを使用する場合には、定圧弁付き輸液セットの使用を勧告する。
バイタルに直接的に大きな悪影響を及ぼす薬剤を輸液ポンプによって投与する場合、また、小児例では、定圧弁付き輸液セットを用いることが望ましい。
例)高カロリー輸液製剤、血液・血漿製剤、降圧利尿剤など
微量の投与量の場合には、シリンジポンプ又は精度の高い機器を使用する。
例)血管作動薬、鎮痛・鎮静薬など
2 シリンジ装着不良
押し子が外れ大きな問題となるのは、2つの場合がある。すなわち、@必要な薬剤が注入されないことによる身体への影響と、A回路内が陰圧の時にシリンジ内の薬剤が吸引されて注入されることである。
@の場合には、警報を装備することにより対応が可能である。しかし、Aの場合は、強制体外循環時の他に、シリンジと輸液針刺入部の落差があると回路内が陰圧となり、薬剤が吸引される場合があり危険である。
したがって、押し子外れ警報を標準装備することが必要である。
3 流量と投与総量の錯誤
4 量の誤入力
5 薬液固着
漏洩した薬液が、輸液ポンプ又はシリンジポンプに直接付着しないような構造とする。
日々の点検・清拭・清掃等の維持管理が重要である。使用前、使用後の清掃等、点検の必要性につき情報提供を徹底する。
基本的には、上記の対策で良いが、日常取り扱う立場からは清掃等が行いやすい構造とすることが必要である。
6 内蔵バッテリーの仕様に関して
現在多くの機器に用いられるNi-cd(ニッケルカドニウム)電池は、残存容量や寿命を正確に把握することができない。Ni-cd(ニッケルカドニウム)電池の特性としてメモリー効果がある。これは、充電と放電を繰り返す事により徐々に電池内にメモリーされ電池の充放電に使用できる容量が徐々に少なくなり本来の性能を発揮できなくなることである。またこのメモリーされた量(本来使用できる容量)を測定する測定器やメモリーをクリアし本来の性能を取り戻す方法がなく定期的に新しいものと交換する事が唯一の解決法である。
しかし定期交換の時期を明記したとしても、これはその機器の本来の性能を発揮しているとは言えない。現在多くの携帯型パーソナルコンピュータ等が用いている、Li-ion(リチウムイオン)電池はメモリー効果が非常に少なく、電池の交換時期を長く保つことが可能ばかりではなく、電池本来の性能を長期間発揮する事が可能である。安全面を考えた場合、Li-ion(リチウムイオン)電池を積極的に採用する方向で進めるべきである。
市場規模を考えると単一の企業でLi-ionへの変更は、Ni-cdに比し高価になる。しかし、医療機関の強い要望や行政指導等により業界全体が変更を行う事によりこの問題は解決できると考える。
7 小児使用時あるいは微量注入時の規格
小児における流量に適した規格を設定し、小児使用時に輸液経路が閉塞した場合、適切に警報が作動するようにする。
ここでは小児使用時と規定しているが本来微量注入時であってその代表例が小児である。成人においても、微量注入時は、同等の問題がある。
8 断熱・放熱対策
1)放熱に対する規格・規制
現在の輸液ポンプは、小型軽量を重視し、機器の放熱が十分に行われていない。このため、長時間使用により上部より気泡の流入が無いにも関わらず、輸液回路内に気泡が発生し気泡警報が頻発している。このような警報が発生するたびに、医療現場では、装置より輸液回路を取り外し、気泡をぬく作業を行っている。このような作業のたびに、前記フリーフローや回路の設定過誤、装置の操作過誤の頻度が増えることとなる。このような現状に鑑み、放熱に対する何らかの規格あるいは規制が必要である。
2)気泡センサー感度の基準を設定する
輸液機器は、防滴性能を高めるために、密閉されている。この際、小型化されることも相まって、機器の温度が上昇する。約15〜17度に保存してあった輸液が約30度になる。輸液内の溶存酸素が出て、センサーが感知する。注入速度が速いと気泡は出ないが、流量がゆっくりであると気泡が出やすい。
JIS規格では5mm程度の気泡は問題ないが、基準がないので日本の機器では感度を上げており、感知する。IEC基準では、15分間で1cc程度を容認しているので、適切な感度に関して検討することが必要である。
9 注入量仕様に関して
現在市販される輸液ポンプは、その注入可能量の表示が、1〜数百ml/hrの表示がされている。しかしこれらの注入精度は、一部の高精度機種を除き±10%程度である。
この程度の精度の機器を用い、数ml/hrの微量の輸液を行うことは、その注入精度から意味がない。このような微量注入を必要とする場合は、本来注入精度が5%程度である輸注ポンプ(シリンジポンプ)又は同等の精度を有する輸液ポンプを使用するべきである。
このような選択は医療機関が行うべきであるが、本来注入に適さない量を仕様に記載すること自体が適切ではない。したがって、表示の統一基準を設けるように、適切な指導が必要である。
X まとめ
医療の安全確保・医療事故防止対策は、社会の強い要請である。責任追及や謝罪を要求することでは、対策に繋がらない。原因追及と原因除去による未然防止が必要である。しかし、個人や個々の組織(医療機関・企業等)の努力による対応では、解決できないことは今までの経緯で明らかである。
その理由は、医療の個別性、不確実性、緊急性等の特性にもよるが、@医学・医療の急速な進歩発展と、A医療労働人口の過剰流動性の2つが大きな要因と考えられる。
したがって、医療の安全確保・医療事故防止対策として、標準化と規格統一は必須の課題である。しかし、標準化、規格統一あるいは新規格の提案は意見を統一することが困難である。困難な理由は、立場により、@重視する観点が異なること、A利害関係が異なること、B費用負担の問題、C技術的問題等がある。困難であるからこそ、各立場の委員で構成された、本委員会で、検討し提案することが必要である。
関係諸団体の連携が必要な理由は、個々の医療機関の取り組みでは解決できない問題が多いからである。その第1は、標準化、統一化である。医療は日進月歩の勢いで進歩し、患者の要求水準もそれを上回る勢いで高まっている。これらに対応するには、(関係諸団体間の、そして、医療機関内での)組織的な取り組みが必須である。
規格統一・標準化を実現するためには、使用者側の安全重視という意識改革と共に、経営上の収支バランスを図ることが必要である。安全確保のための器材を可及的安価で使用できることが重要な課題である。したがって、好みや,習慣、前例を主張するのではなく、安全の観点から、規格を統一し・標準化することが(最大公約数的な仕様)重要である。規格統一・標準化により、器材の価格も可及的に安価にすることが可能である。
安全器材の開発・製造・使用に関する公的助成、税制対策、診療報酬上の斟酌が必要である。また、特許権取得の問題も検討する必要がある。また、それらの医療器材を適正に使用した場合の費用負担と報酬が均衡していなければならない。
また、安全器材開発において留意すべき点は、操作性である。操作性が良くなければ、運用において(臨床上)、その機能が活かされないことに留意しなければならない。これが、企画・開発の段階から使用者の参画が必要な所以である。
標準化することが前提であり、標準化できないと主張するのであれば、その根拠を示す必要がある。できないと言う前提ではなく、標準化する、規格を統一する、規格が無ければ新規格を作るという観点で検討した。ISO等の国際規格に無ければ、ISOにも日本発で提案していただきたい。
本報告書では、開発・製造の観点から検討した。しかし、一方では、使用者側にも、留意すべき事項がある。すなわち、医療器材の特性と目的を十分に理解して、その機能を充分に果たすように、正しく、かつ、安全に使わなければならない。本報告では、安全な医療器材の開発に関する事項にとどめ、運用上の注意事項を簡易かつ容易に理解しうるような、手引きを別途作成する予定である。