勤務医のひろば
仕事帰りに時々、小さなワインバーに立ち寄る。と言っても敷居を跨(また)ぐのに緊張するような高級店ではなく、小遣い暮らしの勤務医でも行ける、手頃なグラスワインを提供しているリーズナブルなお店だ。
僕の好みも把握した気のおけない間柄のソムリエが、その日の気分を尋ね、その日のメニューに合わせて、さりげなくお薦めのグラスを選んでくれる。
「今日はどうします?」「白? 赤? 泡?」「今日の料理なら、シャルドネか、赤ならピノ・ノワールでもいけると思いますよ」「この造り手さんはとても誠実な仕事をする人で、私も好きなんです」などなど、こちらの気持ちを汲み取りながら、その場での最善手を一緒に考えてくれるのだ。
彼の選択は、ソムリエとしての専門的な知識に裏付けられているのだが、ワインに詳しくない者にも、分かりやすく丁寧に、なぜそのグラスを薦めるのかを教えてくれる。
そして彼のリコメンドに従っていれば、そのお店で過ごす間、僕はいつも小さな幸福感を味わうことになる。
ふと僕達の仕事とよく似ているのではないか、と思う。患者はさまざまな病気と、それによって生じた生活の困りごとを抱えて病院へやってくる。病気になるまでには、患者それぞれが紡いだ人生の物語があり、それを通じて培われた価値観がある。
私達医師は、病気の状況に応じて最もふさわしいと思われる治療の選択肢を知っているが、それを患者の人となりや価値観も踏まえて、いかに分かりやすく伝え、患者と家族の選択を支えることができるだろうか。
僕達は医療に関する技術や知識を常にアップデートすることはもちろんだが、「医療のソムリエ」として、コミュニケーションのスキルを高め、患者・家族の「物語」に想(おも)いを馳せながら、最善の道を共に探すための能力も求められているのだと思う。