勤務医のページ
筆者近影(後列左から3番目)
筆者近影(後列左から3番目)
はじめに
私はごく平均的な外科医として病院に勤務する一方で、栃木県医師会常任理事を拝命している。
また、本年まで3期6年にわたり、日本医師会男女共同参画委員会委員を務めた。直近2年間の委員会答申課題は「男女共同参画の推進と医師の働き方改革」であったが、その討議及び取りまとめの過程を通して、勤務医の働き方には非常に多くの課題があることを改めて思い知らされた。
加えて、今般の新型コロナウイルスの流行が、働き方を考える一つの大きな要素となっている。
医師の働き方における従来の課題
一般に、労務管理における出勤・退勤及び休憩時間は職場で一元的に管理され、職場に拘束されている時間がすなわち労働時間とみなされることが多いが、我々医師の場合、必要とされる業務内容は多岐にわたり、医師が従事する職場環境において「労働」の範囲を厳密に定義することは困難である。
例えば、論文の執筆、学会の準備、新しい知見を得ることを目的とした実験等については、診療の質の向上に資するものである限り、業務でないとは言えない。加えて、変則的な診療時間や、手術・急変対応などが不可欠である環境も相まって、医師の労働と休息を厳密に分けることは事実上不可能であり、ここに医師の労務管理の特殊性がある。
更に、医師の応招義務や、「いつ、いかなる時でも診てくれる医師が良い医師である」という社会通念に応えるべく、医師は医療現場に「滞在」していること自体を求められてきた。
また、患者と1対1の関係を築く必要のある主治医制度が多くの医療現場を支えてきた歴史があり、医師の側も高い倫理観に基づいて、しばしば労働に対する正当な対価を必ずしも求めることなく、医療の提供に邁進(まいしん)してきたのである。
このような状況では、勤務時間(あるいは拘束時間)の長さと医師の評価は比例しがちであったが、過剰な労働がしばしば医師自身の健康を損ない、悲劇的な結末をもたらしたこともまた事実である。
女性医師の労働環境に絞って考えてみると、男性の育休が形骸化していた歴史の中で、出産・育児などで医療現場を離れるのは、ほぼ女性だけであり、女性の医師としての労働力は男性よりも低く見積もられてきた。
しかし、新規に医療現場に従事する女性医師の割合が増加している現状において、労働時間の長さを医師としての評価に直結させることは、女性医師のモチベーションを低下させるだけでなく、ひいては離職の原因ともなり、現場に残る医師の負担は大きくなってしまう。
新たな労働評価に向けて
今般の働き方改革推進の流れは不可避であり、将来的に労働時間の上限を法律で定める決定がなされた以上、我々は従来的価値観からの脱却を図らざるを得ない。
時間枠を決め、その中でいかに効率よく医療に従事できるかという考え方をまずは前提として、医師の労働に対する評価基準を発展的に見直す必要がある。
この労働効率を評価する上で、「適正な」労働の内容を検討する必要があるが、前項で述べたように、全体で何らかの定義を明文化するのは難しい。
まずは職場の上司や同僚といった身近な環境の中で話し合いの機会を設け、意識を共有することで、労働時間の多寡により生じる不公平感を解消し、お互いに適切に評価し合うことが可能となるであろう。
また、医療を提供される社会全体にも、医師の働き方改革に対する意識を共有してもらうことが不可欠である。
付言:新型コロナウイルス流行が浮き彫りにしたもの
未知の感染症の流行により、診療における脆弱(ぜいじゃく)性があらわとなった。
まず、飛沫感染に対する安全性が、ディスポーザブル製品の十分な確保に大きく依存しているという点である。マスク、ガウン、手術用機材、消毒薬、その他さまざまなものが手に入らず、我々は医療安全上の理想とは程遠い環境にさらされざるを得なかった。
これに対し、医師という立場から一体となって行政機関と交渉し、さまざまな物資が提供される環境が徐々に整えられたことについて、医師会の果たした役割は非常に大きいと考える。
次に、このような環境の中で非常勤医師として勤務している大学院生やフリーの医師については、実は身分保障が非常に不安定であるという現状も分かってきた。常勤医でない場合、新型コロナウイルスの感染が生じても、労災として扱われることは非常に困難であろうし、また、病院の貴重な戦力として働いているにもかかわらず、休業補償もない。
これらは今までもいわゆる無給医問題としてずっと存在してきたが、なかなか切り込むことのできない問題であった。医師会として、今後彼らの身分を保障する上で何らかの手段を講じるか、前向きに検討するべき時期が来ているのではないか。
診療の安全性と身分保障は、現場に従事する全ての医師に、業務内容に応じて平等に提供されるべきであり、広い意味での働き方改革として、今後取り組むべき課題であると考える。