勤務医のページ
2020年から世界に大きな衝撃を与えている新型コロナウイルス感染症は、日本国内でも地域によってその広がりや影響は違う。岩手県は、感染者ゼロが続いた時期があり、全国的に注目されたこともあるため、その後の状況も含めて報告する。
1.岩手県の医療事情
岩手県は、北海道に次ぐ広い面積に121万人の人口で、人口密度としても北海道に次いで希薄で、東京の約80分の1である。2019年の高齢化率は全国で第8位の33・1%。
また、県土は奥羽山脈と北上山地の山で多くを占められ、約25%の可住面積の中、主に内陸の北上川流域と太平洋沿岸部に分かれて人口が偏在している。2019年に厚生労働省が発表した医師偏在指標では、日本で一番医師数が不足している県とされた。
これを補うべく、日本最多の20の県立病院を岩手県医療局が運営し、九つに区分された二次医療圏の基幹病院も県立病院が担っている。それでも面積100平方キロメートル当たりの病院数では、全国平均(7・0)の半分以下の2・5である(2018年医療施設動向調査 厚労省)。
県内で唯一の医学部は岩手医科大学であり、医師のみならず歯学部、薬学部、看護学部から多くの人材を輩出し、また県内各地に医師を派遣している。
2.岩手県内での新型コロナウイルス対策
岩手県としては、2020年1月29日に新型コロナウイルス感染症医療連絡会議を開催し、県内10の保健所、九つの感染症指定医療機関と岩手医大の代表等の協議により、各施設の役割分担が決められた。
その後、4月14日に開催された新型コロナウイルス感染症医療体制検討委員会では、医師派遣元である岩手医大教授陣を含めて、それぞれの医師の調整をするだけでなく、岩手医大災害医療分野の眞瀬智彦教授を班長とする強力な入院等搬送調整班を定めた。
原則的には、九つの医療圏域内で感染者に対応し、ECMO等が必要な重症例は、岩手医大と岩手県立中央病院が引き受けるため、圏域を越えて入院等搬送調整班が調整を行うというルールが決められた。
これは個々の圏域医療体制が脆弱(ぜいじゃく)であること、また圏域を越えた人的交流などの関係性が既にあったことから、あらかじめその連携を前提とした戦略として成果を上げている。
6月に厚労省から新たに発出された感染拡大の数理モデルに従って県内のフェーズを設定し、設定に見合った各病院の役割を毎月の会議にて確認していった。
3.無感染時期
国内外の壮絶な感染状況のニュースに緊張感をもちながらも準備を進め、7月28日まで、感染者ゼロの独走の日々が続いたことは、全国から注目されていた。
人口密度が低いことや、口数が少ない県民性が飛沫感染のリスクを下げているなどと取り上げられるばかりか、わかめの生産量、消費量が日本一(全国平均消費量の約2倍)であることなども取り沙汰されたこともあった。因果関係を説明できるものではない。
東日本大震災後の防災意識をもったまじめな県民性も理由として挙げられたが、客観的指標や影響の評価は難しい。ただし、民間のアンケート(「みんなのアンケート」n=2,322)で、接触確認アプリCOCOAのインストール率が、6月の時点で全国一であったことは、その一端を示しているのかも知れない。
一方、PCR検査数が少ないから拾い上げられていないだけ、また実は不顕性感染が既に広がっていて、抗体をもつ県民が多いから感染しないのではなどの疑いももたれたが、県内複数の医療機関で職員の抗体検査が行われ、抗体保有率がいずれもゼロであったことから、この不顕性感染蔓延説は否定できる。
流行地との往来によって7月末に県内第1例目の感染者が確認されても、保健所の積極的疫学調査により、散発的な発生に対する抑え込みは十分に機能していた。
4.クラスター発生後
11月に入り、盛岡市内で2軒の飲食店に連鎖したクラスターを発端として、感染が急激に拡大した。当院を含めた4病院でも入院患者の感染が発覚した。全国の第1波、第2波はほぼ回避できたが、第3波のタイミングで岩手県の第1波が遅れて来た形となった(図)。
2020年1年間で感染者は385名、死者は24名である。入院等搬送調整班の調整により、重症患者や、逆に治療にて軽症化した患者の病院間搬送が行われている。
残念なことに、岩手県は院内感染が4病院と多く、感染者の死亡率は6・2%と、全国集計の1・5%よりも高い。これは、感染者のうち60歳以上の患者比率が全国平均を10%以上も上回る37・7%と高いこと、死亡者全員基礎疾患をもっていることなどが理由として挙げられている(2020/12/26河北新報社調べ)。
現時点では、地勢的背景や県民気質のためか、首都圏等に比較すると感染者数は少なく、ほぼ感染経路は追えている状況にある。
しかし高齢化が進み、人的・物的にも医療資源の少ない本県では、まだ油断をすることはできず、以前から求められてきた医療連携を更に強化して対応する必要に迫られている。