勤務医のページ
外科医不足や大学医局離れが叫ばれるようになって久しい中、外科学教室を運営する立場になり、このような機会を頂いたので、いまだ試行錯誤の段階であるが、これからどのように外科医を育てていくか、私見を述べさせて頂く。
外科学教室運営をするに至った経緯
私の売りは運が良いことだ。多くの素晴らしい上司や同僚に恵まれ、国内有数のがん専門病院で診療科チームを率いる立場となった。
チームを率いるようになり、「外科医の教育」が私の仕事の大きな部分を占めるようになった。
外科医不足が叫ばれる中、多くの若手外科医から研修応募があった。
彼らの多くは、医局に属さず有名病院で研修を行い、その後のキャリアアップと手技向上を目指してがんセンターの門をたたく。やる気にも溢れ、3年間で同世代の外科医とは比べものにならないレベルに達していたと、大学に戻った今だからこそ実感している。
一方、キャリアアップにつながるかというと、そう簡単ではない。その理由は二つある。
一つ目は、外科医は10年足らずで一人前になるほど甘い職業でないということであり、だからこそやりがいがある分野だと思う。
二つ目は、メジャーな手術をする病院の多くは、大学との関連が強く、医局に属さない医師が活躍できる職場が限られていることである。
せっかく取得した高度な技術を生かせないのは残念なことであり、できるだけ大学医局からの派遣を優先して受け入れることにした。
キャリアアップまで含めて外科医を育てるには、3年という期間はあまりに短すぎることを痛感した。このことが、がんセンターという外科医冥利(みょうり)に尽きる職場から、帰学することへの大きな後押しとなった。
目指している外科医の教育環境
若いうちにできるだけ、関連病院以外のハイボリュームセンターで新しい知識や技術を学ぶこと、特に医科歯科流以外の技術を身に着けて戻って来てもらいたいと願っている。
関連病院だけで人事が完結してしまうことで、10年もすると最先端と思っていた我々の技術が古くなってしまうことを恐れている。人事に関与した2年間で、10名以上の大学院生を、がんセンター等のハイボリュームセンターに派遣している。
外科医といえども、科学的な視野を持つことが重要。教科書を読んで手術をするのではなく、教科書を書く側の外科医になってもらいたいと、一度はそのような期間をつくるべく、大学院への入学を推奨している。
基礎研究を必須とするわけではなく、エビデンスがつくられる仕組みや不確実性を、この機会に学んで欲しいと考えている。
大学では、新しい手術を若いうちから実践できる環境づくりを行っている。
当科の売りでもあり、今後手術の主流となるロボット手術は、学会等の規定に縛られることなく、一方で厳しく安全面を担保した上で、指導医と共に積極的に執刀できるチャンスを与えている。
仕事や研究に積極的に取り組んでもらう体制をつくる一方で、主治医制の廃止、チーム制/当番制の導入など、業務の効率化も進めている。
私から教えていること
決して今の手術に満足せずに、治療成績を向上させる努力を怠らないことと、患者のための治療方針を立てることの重要性を教えている。
何だかんだ言っても外科は技術である。患者も紹介医も、外科医に最も望むことは、良い手術をしてくれることである。外科医は、それに対して最高の技術で応える必要がある。
私の専門領域である悪性腫瘍の手術レベルはまさにピンキリである。体にメスを入れるのであれば、患者や病気に真摯(しんし)に向き合い、最大限の知識と技術をもって手術すべきである。そうすれば、おのずと手術成績は向上してくる。
良い手術が普及すれば、再発や合併症を減らし、患者だけではなく医療経済への影響も計り知れない。更には、外科医のインセンティブ(技術料)や外科医そのものの増加につながるはずである。
これまでわが国において、技術評価は十分ではない。DPCやNCD等電子カルテ情報をもっと充実させ、手術成績の評価を、正当かつ多方面から解析できる環境の構築が望まれる。
ガイドラインやEBMに沿った治療ももちろん重要だが、最も治療成績の良い手術が、その患者にはベストでないケースは意外に多い。大学の医師にありがちな、標準治療しか受け付け(られ)ない医師にならないように、患者の目を見て(心に寄り添って)治療方針を立てることはとても重要だと教育している。
ハーバード大学で研修を行った際に、AI時代の医師の仕事は患者の目を見て話すことだけである、という近未来の外来診察風景の動画を視聴した。それ以外は全てAIがやってくれるというショッキングな内容であったが、これこそAIではできない領域で、外科医にとっても重要なスキルである。