令和3年(2021年)10月20日(水) / 日医ニュース
COVID-19感染下におけるTelepsychiatry(精神科オンライン診療)の活用
慶應義塾大学医学部ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座特任教授(精神科医)岸本泰士郎
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ワクチンの接種が進み感染拡大に歯止めが掛かったのか、COVID―19の罹患者数は10月に入り急速に減少しているが、完全収束まではまだ予断を許さないだろう。感染による直接的な健康被害もさることながら、経済状態の悪化や生活様式の変化などによって、メンタルヘルスの悪化が世界的に報告されている。日本の自殺者数は近年減少傾向にあったが、令和2年でそれが増加に転じ、特に女性の自殺の急峻な増加はニュースでも取り上げられた。令和3年に入っても8月末までの自殺者数は令和2年のペースを上回っており、今後の経過が心配される。
世界でのオンライン診療の活用
精神科領域は互いの顔を見ながらの会話が診療の大きな部分を占めるため、オンライン診療が活用しやすい診療領域と言える。感染リスクの低減を図りながら、患者に医療を届ける診療形態として、オンライン診療は有用である。COVID―19の感染拡大とともに多くの国で使われるようになったが、その活用の程度は国によって格差があるとWHOは指摘する。
日本ではどうか? 欧米諸国に比べるとその活用は低調であることは否めない。あくまで筆者の知り合いの精神科医に対する聞き取り調査であり、必ずしもその国全体の精神科診療の状況を反映しているわけではないが、昨年12月時点での(電話を含む)遠隔診療の割合は、米国やドイツでは70~100%、そのうちビデオ通話の割合は6割程度だった。同時期の日本のオンライン診療の診療全体に占める割合は1%にも届かなかったと思われる。
当然ながら、感染状況や保険医療のシステムが大きく異なるため、一概に論ずるべきではない。実際、前述のドイツにおいても、ロックダウンが終了すると多くの人が対面診療に戻っていた。対面診療に勝るものはないと筆者も思うが、非常事態における代替医療として速やかに対応ができるようにしておくことは肝要だと考える。
オンライン診療は対面に劣るのか?
オンライン診療では、診察室に入る様子、あるいは匂いも分からず、対面診療に比べると得られる情報に物足りなさは感じる。しかし、感染拡大下においては、互いがマスクを着用しているため、相手の表情が見られなくなった。よく見知った患者であれば電話越しの声だけでも様子が想像できるが、顔があるとないとでは大違いである。
感染拡大後に診察するようになった患者のマスク無しの顔を、オンラインで初めて見て、自分の想像と違って驚くこともある。患者からは、仕事を休んで、遠隔地から、あるいは子どもを預けての通院がどれだけ大変であったか、オンライン診療を歓迎する声も多く聞かれる。
精神科領域におけるオンライン診療の診断精度や治療効果に関するエビデンスは、海外から数多く報告されている。いずれも対面診療と同等の診断精度、あるいは劣らない治療効果を示すもので、筆者らも日本医療研究開発機構(AMED)の委託研究(2016~17年)で、認知機能検査がオンライン診療を用いて対面同様に施行可能であることを報告した。
更に現在、同じくAMEDの支援を受けて、対面診療に比したオンライン診療の非劣性試験を行っている。J―PROTECTと名付けたこの試験では、うつ病、不安症、強迫症を対象に、(50%以上の受診をオンライン診療とする)オンライン診療併用群が対面診療群に比して、維持期の治療で劣らないかを検証する。大学病院のみならず、総合病院、精神科病院、精神科診療所、計17の医療機関から臨床実地家が参加し、鋭意、試験を実施中である(図)。
近未来の医療に向けて
情報通信技術、あるいは人工知能技術を活用した、新しい医療の開発も世界的に盛んになっている。人工知能を活用した診断支援、スマホのアプリを活用した治療などは今後、新しい医療形態の一つになるだろう。そのような中、オンライン診療を含む医療のデジタル化は、これらの近未来の医療の基盤となるもので、デジタル化の遅れは、こうした潮流に日本が取り残されることにつながりかねない。
先に開催された日本精神神経科診療所協会学術研究会では、感染リスクやその他の事情で来院が困難であるが、医療の必要性の高い症例に対して、オンライン診療をうまく活用したケースが複数報告された。演者から一様に聞かれたのは、手間と時間を掛けて行うオンライン診療の診療報酬の低さへの不満である。
本年8月から、自宅療養を余儀なくされる患者に対する電話や情報通信機器を用いた診療に250点の加算が決まり、早速、東京都医師会で夜間の手薄な医療体制をオンライン診療でカバーしようという動きがある。
普及が進まない要因はさまざまだが、診療報酬の低さは重要な一つの要素だろう。無論、質の高いオンライン診療の普及、悪用の防止といった課題はある。この緊急時における応急措置としての迅速な活用と同時に、近未来の医療に乗り遅れないためにも、適切なバランスを保ちながらの確実な普及を願う。