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1.国策によるデジタル医療の基盤化
政府は2022年6月に公開した「骨太の方針2022」で、オンライン資格確認システムの導入を2023年度から医療施設の原則義務とした。また、そのネットワーク基盤を用いた「全国医療情報プラットフォームの創設」「電子カルテ情報の標準化等」などの計画を打ち出した。マイナポータルからの特定健診やレセプト情報の閲覧やデータ利用は、2021年度から既に開始されている。
2023年から始まる「電子処方箋(せん)」では、医療施設と調剤薬局が処方箋と調剤情報を電子的にやり取りする。その際には、医療者の資格確認のためのICカードである「HPKIカード」を、医師や薬剤師が使用することとなっている。
一方、マイナンバーカードも、新型コロナを経験した2022年12月末には普及率が約60%と急増している。2024年秋には保険証はマイナ保険証へ一本化するなどの基盤整備も進みつつある。今後は退院要約、診療情報提供書、健診結果など、「3文書6情報」と呼ばれる重要な情報から、情報分野の国際標準規格HL7を用いて全国医療情報プラットフォームでのやり取りが開始される予定である。
これらを実現するために、2022年10月には内閣総理大臣を本部長とする医療DX推進本部が設置された。
このように、政府の急激かつ強力な基盤の構築と推進は、課題も山積しているが、ますます深刻化する超高齢社会への対応のみならず、研究や産業振興面において諸外国から大きく遅れた医療データの二次活用に対応する必要性から、歓迎するべき方針であろう。
2.取り残されている臨床的な情報の標準化や電子カルテの運用
カルテ(診療録)は、時代とともに変遷し、また今後も時代に応じて変遷するべきであろう。1906年に旧医師法でカルテの記載と保存の義務が生じ、現医師法でも受け継がれている。1999年には電子保存の三原則「真正性、保存性、見読性」が厚生労働省ガイドラインで示された。これらはいずれも時代に合わせた「技術的」な条件である。
その中で、取り残されつつある課題として、技術的な標準化に対する「臨床的」な標準化や電子カルテの運用が挙げられる。
・現在のカルテには、DPC患者を除いては正確な病態・病名を記録する仕組みがなく、保険傷病名が存在するのみであるが、これはレセプト請求のための病名である。現実的には真の病名と乖(かい)離することが多く、長期間にわたる診療にも統計や解析研究のようなデータ二次利用にも齟齬(そご)が生じる。診断は医師のみが行うことができる業務であり、その正確でタイムリーな入力をサポートするシステムや運用が求められる。
・診療領域間でカルテに記載する内容は大きく異なるにもかかわらず、ほぼ手入力による自由文記載が行われている。これは、診療領域別や疾患別の項目の標準化、例えばミニマム項目セットの策定などが行われておらず、標準的なテンプレートやクリニカルパスなどの構造化データ入力、構造化サマリーの実装、更には標準化された臨床ガイドラインの電子カルテへの実装が進んでいないためである。また、医療機器からの自動的な入力や患者によるPHR(スマートフォンの個人健康管理記録アプリ)データの利用などを含めて、医師の負担を軽減しつつも、正確な情報を構造化データで入力する仕組みを導入する必要がある。人工知能(AI)の診療支援は、それらの上でより効率的に発展することとなるであろう。
このような臨床的な情報の標準化は、従来標準化を進めてきた政府や標準化団体、電子カルテベンダーのみならず、各種の臨床学会を巻き込み進める必要がある。
3.医療デジタル化がもたらすもの
21世紀はデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代と言われ、特に患者・市民参画が進むと考えられる。全国医療情報プラットフォームの構想にもPHRの推進など、患者との情報連携を進めるための仕掛けがいくつも示されている。
技術的にも臨床的にも標準化された仕組みを取り入れた電子カルテを用いることは、診療内容の標準化、医療の質の向上や医療安全の確保に有用なことはもちろんのこと、他の医療施設や患者との情報連携が強まる結果、データの重要性は更に増していく。
近年、デジタルヘルスという言葉をよく耳にする。電子カルテもその一つの要素であるが、デジタルヘルスの発展の中では、従来のように電子カルテは単独で用いられるのではなく、今後は他施設や個人とつながりながら、オンライン診療やPHR、マイナポータル、治療アプリ、医療AIなど他のデジタルヘルス要素と同じ場面でパーツの一つとして使われ、相互に融合しながら発展していくことが期待される。
最近増えている「どんな準備が必要であろうか?」という質問に対しては、「まずは政府が強力に進めているシステムへの対応を」と答えるようにしている。
DXに期待する中、電子カルテの将来像について、一度皆でしっかりと考える時期がいよいよ来ていることに間違いはない。