令和5年(2023年)5月20日(土) / 日医ニュース
ドクターヘリ全国配備
日本病院前救急診療医学会理事長/全国ドクターカー協議会代表理事/日本航空医療学会理事/青森県医師会勤務医部会会長/八戸市立市民病院CEO 今 明秀
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ドクターヘリとキルシュナー
20年前は「救急」と言えば、誰しも救急車しか頭に浮かべなかった。今や、テレビドラマの影響もあり、多くの人がドクターヘリを知っている時代となり、感慨深い。
世界最初のドクターヘリは、1970年代に交通事故による犠牲者を減らすことを目的にドイツで始まった。その後に、機体数を増やし、通報から全国土で15分以内に医師に診てもらえる「15分ルール」を確立した。
ドイツの外科医のマーティン・キルシュナー(Martin Kirschner)は、1938年に「患者を病院に運ぶのではなく、医師が事故現場に赴くべきだ」と唱えている。この考えが根底にあって、ドイツでは「ドクターヘリ」が国民的なコンセンサスを得ている。ちなみに、キルシュナーは、骨折手術に使うキルシュナー鋼線の開発者だ。
46都道府県に56機
日本では、2001年4月に正式に運航が始まった。導入のきっかけとなったのは、1995年に発生した阪神・淡路大震災だった。開始当初は、法的な裏付けがない補助金事業であり、自治体の財政負担も大きく、導入の障壁となっていた。
その課題を克服するため、2007年にドクターヘリ特別措置法が制定された。その後、地方の財政負担を大幅に減らす特別交付税措置が始まり、導入が加速した。2023年4月現在、46都道府県に56機が配備され、実質的には全国配備が完了している。
その救命効果は抜群であるが、経済効果については知る人は少ない。日本医科大学の調査では、交通事故患者の入院時の保険点数はドクターヘリが13万2595点、救急車が24万8720点で、前者の方が安い。
5事業とドクターヘリの任務の関わりを考えると、「救急医療」と「災害時における医療」においては、ドクターヘリの活躍は十分議論され実行されている。「へき地医療」に関しては、一部の地域では有効に働いている。しかし、「周産期医療」に関しては鹿児島県以外での利用が少ない。今後は、へき地・周産期・小児医療への有効な利用が期待される。
また、ドクターヘリは既に46都道府県で56機が導入されているが、これで十分かと言うと、まだ不足している。ちなみに日本航空医療学会は、全国で72機が必要と推計している。
例えば、宮崎県延岡市、島根県の西側では既存の基地病院から遠い。広大な面積の北海道では4機しか配備されていない。
もう一つの問題は、それなりの需要があって、到達するのに30分以上掛かるような場所に対して、自県基地からの出動だけで良いのかということがある。
距離優先で隣県ヘリを第一出動にしている地域は、中国地方と福岡・佐賀の二つしかない。北東北では、距離優先第一出動に関して病院と消防は希望しているが、行政の壁がそれを阻む。
ドクターカー
ドイツのキルシュナーの「医師が事故現場に赴くべきだ」の手段は、ドクターヘリだけのものではない。ドクターカーは、都市のヘリコプター着陸点が確保できないところ、悪天候、夜間でも出動できる。
そこで、厚生労働省はドクターカーの整備を開始。全国ドクターカー協議会は2023年にドクターカーの基地病院登録、症例調査、運行マニュアル整備、広報、研究を開始し、3月末に第1回報告書を厚労省へ提出した。
報告書では、2021年1月1日から2022年9月30日の期間に全国119施設でドクターカー活動による総患者数は5万4812人を超えていた。これは、年間に換算すると3万1321人に匹敵し、一施設当たり、263人/年と概算される。更に、55の施設(46・2%)が年間100人以上の救急患者診療を行っていた。最多人数2324名は八戸市立市民病院であった。
空飛ぶクルマ
ドローンは2022年にレベル4(有人地帯における目視外飛行が可能)の許可を得た。更に、空飛ぶクルマと呼ばれる有人ドローンの開発が進んでいる。
空飛ぶクルマは2025年の大阪万博で飛行することになっている。利点は低価格、パイロット不要、低騒音の電気モーター、排気ガスなしであるが、スピードが出ない、航続距離が短い、人がたくさん乗れない、重い物が運べないことが現状では欠点である。2030年頃には技術開発が進んで、欠点を克服できそうである。
現在のドクターヘリは新しい機体が1機当たり約9億円する。更に、パイロット、整備士の養成増員は容易ではない。将来、低価格の全自動操縦の空飛ぶクルマがドクターヘリに取って代わるかも知れない。当院の3人の若い救急医師に、「空飛ぶクルマで将来救急出動してくれるか」と尋ねたみたところ、「パイロットがいないのは怖いです。一人で乗るのは嫌です」との返答であった。後7年で、技術と安全の確立と、救急医師の意識改革が必要になる。
まとめ
ドクターヘリの全国配備が完了した。今後は質の向上に取り組むことになる。医師が現場に出動する研究が更に進む。「令和5年度全国医師会勤務医部会連絡協議会」が、令和5年10月7日(土)に「2024年、変わる勤務医、輝く勤務医」をメインテーマとして、青森市で開催される。ドクターヘリについてはシンポジウムで触れる予定だ。
青森で開催される久しぶりの対面の協議会への皆様のご参加をお待ちしている。