勤務医のひろば
岩手県には「県下にあまねく良質な医療の均てんを」を理念として、1950年に発足した20の県立病院がある。私は1984年に自治医科大学を卒業してから県立病院に勤務しており、今年で勤務医生活40年目を迎えた。
その間、三陸沿岸の4病院に通算28年間勤務した。東日本大震災の際には、大きな被害を受けた県立釜石病院に勤務しており、被災地の災害医療にも従事した。震災の急性期には、沿岸被災地と内陸の県立病院のネットワークを駆使した横軸連携により大量の患者搬送が行われ、全国的にも高い評価を受けた。
現在、全国的な医療情報プラットホームの構築が進められているが、岩手では早くから遠隔医療の取り組みが進められ、画像伝送システムや遠隔病理診断も全国に先駆けて導入されてきた。
国民健康保険安代診療所に一人所長として勤務していた1990年頃は、画像デジタル化の黎明(れいめい)期であった。当時は全国でもまだ少なかったデジタル画像の伝送トライアルが、県立中央病院と診療所の間で行われたことを懐かしく思い出す。1995年には病理医不足対策として、全国に先駆けて遠隔病理診断システムが県立病院と岩手医科大学との間に構築され、病理医不在の地域病院で術中迅速病理診断を行うことが可能になった。
2019年には医療情報ネットワークシステムが構築され、県立病院間での画像や検査結果の共有が全て可能になっている。現在、県立病院以外の施設との医療情報の共有に向けての取り組みが進んでいる。医療情報プラットホームの構築により、全国どこでも医療情報を閲覧することが可能になり、国民一人一人が自分自身の医療情報を管理できるパーソナルヘルスレコードシステムの確立する日が1日も早く来ることを心から願ってやまない。