令和6年(2024年)1月20日(土) / 日医ニュース
先天性心疾患の胎児遠隔診断―先天性心疾患の新生児が救急車に乗らずに済む周産期医療を目指して―
近畿大学医学部小児科学教室臨床教授 稲村 昇
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先天性心疾患の胎児診断との出会い
私の先天性心疾患胎児診断との出会いは、1992年の大阪母子医療センターへの転勤から始まる。当時は、重症先天性心疾患の新生児が出生当日に救急車で搬送され、同日手術、そして死亡という悲しい出来事も珍しくなかった。ご両親は、死亡した新生児に名前を付けて、出生届と死亡届を同時に提出するという悲しい届け出をさせられていた。
もし、この心臓病が胎児診断できていれば、この子は救急車に乗らずに済んだし、出生届と死亡届を同じ日に提出するようなことは避けられたのではないか。これが、私の胎児診断を始める動機だった。
胎児診断の重要性
先天性心疾患の発生頻度は生産児の100人に1人である。中でも、出生後に重症化する先天性心疾患は1000人に4人である。新生児死亡率が低下したとは言え、先天性心疾患は新生児死亡原因の大半を占めている。先天性心疾患は心臓構造異常が原因で出生早期に病状が悪化し、専門病院に到着した時には重度のショック状態のため手術ができなかったり、心肺停止の状況であったりすることが珍しくない。
しかし、先天性心疾患は妊娠早期に完成しているので、出生前に診断できれば致死的な病状を呈する前に治療を開始でき、治療成績の向上が期待できる。完全大血管転位や左心低形成症候群では、胎児診断すると治療成績が良くなり、医療費も少なく済んだと胎児診断の有用性が報告されている。
胎児診断の問題点
以上のように、先天性心疾患における胎児診断のメリットは大きいと思われるが、実情は異なっていた。
先天性心疾患はその90%が正常の妊婦から出生するため、産科医が最初にスクリーニングしなければならない。しかし、胎児の心臓は数センチと小さく、1分間に120回も動いているため、心臓専用のエコー設定が必要で、更に複雑な構造異常を伴うため、診断には専門的知識が必要となる。このため、産科医の日常診療で胎児の心臓まで詳しく診断することは難しいのが実情である。
私が胎児診断を始めた頃は、産科医が心臓以外に異常を認めた胎児の心臓精査を私が行うといった内容であった上に、先天性心疾患の胎児診断率は数%という効率の悪い検査だった。
また、大阪では既に「新生児搬送システム」という、病気の新生児を専門病院に速やかに搬送できる地域ネットワークが完成していた。このため、産科医は心臓病の胎児診断の必要性は理解していても、積極的に検査するまでには至らなかった。
胎児診断の向上への取り組み
ところが、21世紀になってこのような胎児診断の状況が一変した。2006年に『胎児心エコー検査ガイドライン』が発行されたことがきっかけとなり、2006年に胎児心エコー検査が高度先進医療に認定され、続いて2010年に健康保険収載が認められた。全国的に胎児診断の機運が高まり、先天性心疾患の胎児診断数は増加した。
私も、地域病院から超音波検査技師を実地修練生として迎え、3カ月間の胎児心臓病スクリーニング講座を開設し、超音波検査技師のトレーニングを、また、地域医療機関との連携を高めることを目的に地域の産科医、小児科医、超音波検査技師を対象に、胎児心エコー勉強会を月1回の頻度でそれぞれ開始した。
このような地域医療に根差した活動により、胎児心臓の診断率は飛躍的に向上し、今では大阪の先天性心疾患の胎児診断率は80%近くに向上している。
STIC法と遠隔診断
このように胎児診断は向上したが、まだまだ問題が残されている。分娩数の多い大都市の産科医院は、エコー検査技師が胎児心エコー検査を担当し、効率よく先天性心疾患をスクリーニングしているが、地方では産科医師が一人で全てを担当するため、効率の良いスクリーニングができない。
この点を解消できるのが遠隔診断と考えており、私達は、大阪南部地域の産婦人科医院と協力し、胎児遠隔診断を行っている。遠隔診断法にはSTIC法(Spatio-Temporal Image Correlation法)を採用している。STIC法は、特殊なプローブが胎児心臓の四腔断面像から短時間(通常数秒間)で心臓全体をスキャンし、データの収集を行うものである。
データ信号はVPN回線を通して近畿大学のパソコンに送られ、パソコン上でこのデータ信号を画像に再合成できる。それにより、胎児心臓の三次元超音波データを三方向の軸回転と平行移動とを組み合わせて、任意の直交三断面で二次元断層画像の動画が再生できるので、まるで自分で撮影しているような画像を描出(びょうしゅつ)できる。
STIC法の利点は、(1)胎児心臓エコーに経験の少ない産科医でも簡単にデータ収集ができる、(2)送られてきたデータを専門医が診断できる―点である。
一方、欠点は、専用のエコー装置と専用回線が必要であることや、初期費用がやや高額であることである。このため、分娩数の少ないへき地の医療には不向きである。
今後の展望(5Gによる遠隔診断)
私は、STIC法の欠点を補う初期費用が安価で済む診断方法があれば、へき地の医療に貢献できると考えている。5Gは、従来の無線通信システムである4Gに比べ、高周波数帯を利用した超広帯域伝送などによる「高速・大容量」の通信が実現できることに加え、「低遅延」「多数接続」といった特長がある。
そこで、へき地でも都会と変わらない胎児心臓診断を実現するために、くしもと町立病院と近畿大学を5G回線で結び、近畿大学からくしもと町立病院にエコー操作を指示し、くしもと町立病院の医師が指示通りの胎児の動画像を近畿大学に送信できるかの実証実験を行った(写真)。
結果は、くしもと町立病院からの胎児心臓の動画像は、その画像解像度、フレームレート共に実際ベッドサイドで行っている胎児心臓超音波検査と同等の動画像であり、くしもと町立病院医師のエコー操作が時間差なく把握できたため、適切な画像を描出するための指示をリアルタイムで適切に出すことができた。
5Gによる遠隔診断は、5Gがどこでも使用できる環境になれば、スマートフォンが2台あればできるシステムである。初期費用は不要で、専門的技術は不要であるため、これまでの遠隔診断方法を補完する有効なシステムになるのではないかと考えている。
このような先進的技術を医療に積極的に取り入れる胎児遠隔診断は、妊婦の移動が無くなり、空間的な距離がぐっと縮まる上に、専門医の診察を受けるために移動する時間が節約される。今後、超音波画像診断装置を中心とした高精度医用映像機器と5Gサービスを活用し、先天性心疾患の胎児診断の更なる充実と、過疎地の周産期医療における常用的な遠隔医療提供に向けた検討を進めるとともに、次世代の医療向けソリューションの創出等を探っていきたいと考えている。