閉じる

令和6年(2024年)7月5日(金) / 日医ニュース

災害医療に関する新たなコンセプトの提案を目指して

山口氏山口氏

山口氏山口氏

 日本医師会シンポジウム「次世代の災害医療」が6月9日、日本医師会館大講堂とWEBのハイブリッド形式で開催され、激甚化する水害や震災に対する事前の備えや情報提供のあり方などについて講演やディスカッションが行われた。

 本シンポジウムは、災害医療について従来とは異なり、災害の発生前から作動させるという新しいコンセプトを提案するとともに、未来のまちづくりのあり方、わが国の災害への向き合い方についても、広く国民的な議論を促すきっかけをつくることを目的として都道府県医師会災害医療担当理事連絡協議会を兼ねて、開催されたものである。
 担当の細川秀一常任理事の開会あいさつに続いて、シンポジウム開催に向けて尽力した山口芳裕救急災害医療対策委員会委員長/杏林大学医学部主任教授、高度救命救急センター長がシンポジウムの趣旨を説明。災害によって失われる命を救うため、医療と直接関わりのない人々と協力する意義を強調した。
 その後は、三部構成により講演等が行われた。

第一部「災害を先取りする」

240705a2.jpg 小森義之総合青山病院長/豊川市医師会副会長は昨年6月、線状降水帯が発生したことにより被害を受けた自身の病院の状況や対応等を時系列に報告。道路の浸水情報の入手が困難であったことなどを振り返った上で、今後の水害に対する課題として、外来診療を停止する際の判断の時期や情報共有の仕方、院内への浸水対策、患者・職員への食事の提供、マスコミ対応、カビ対策などを挙げた。

240705a3.jpg 鎌谷紀子気象庁総務部参事官(気象・地震火山防災担当)は、災害時あるいは災害が迫ってくる際に気象庁から出される情報や、その情報の入手方法について解説。「自身の居場所にはどのような災害リスクがあるか平時のうちにハザードマップで確認」しておき、「そのリスクの高まりを『キキクル』(危険度分布)で早めに確認し対応する」ことが重要とした。

240705a4.jpg 蘆屋秀幸国土交通省水管理・国土保全局河川環境課水防企画室長は、中小河川でハザードマップを作成中のところもあるとして、「ハザードマップはもちろん、治水地形分類図なども活用しながら、自身の住まいの安全を確認して欲しい」と要望。企業などに対しては、想定を超える災害が起きていることを踏まえた避難確保計画の策定を求めるとともに、「その際には国土交通省が立ち上げた『水災害リスクコミュニケーションポータルサイト』などもぜひ、活用して欲しい」と述べた。

240705a5.jpg 土屋信行リバーフロント研究所審議役は、東京湾で予想される最大規模の高潮が発生した場合、東京・埼玉地域の病院66%、診療所56%が水没する可能性があることに懸念を示し、早期の対策を要請。また、ハザードマップの活用や国民の危機意識を高めることを求めるとともに、医療機関に対しては土木・建築関係者、行政の協力も得ながら、災害対応のための事業継続計画(BCP)を策定することを、国に対しては浸水地域が多い日本で安全に暮らしていくためにも建築基準法の見直しを、それぞれ求めた。

第二部「医療の安全を包含した未来のまちづくり」

 第二部の冒頭、あいさつした松本吉郎会長は、今回のシンポジウムが、医療以外の専門家等の参画を得ていることに言及。「災害医療は、他の分野と協力・連携していくことで、より良くすることができる」との認識を示すとともに、本シンポジウムを通じて、他領域の知見やアドバイスを得ることで、医師会の災害医療の視野を広げ、それを各分野に共通の目的である防災・減災につなげていきたいとした。

240705a6.jpg 芳村圭東京大学生産技術研究所教授は、茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊し、首都圏でも大規模水害が起きたことが、洪水予測技術「Today's Earth Japan」の開発を始めるきっかけになったことを紹介。今後は、民間事業者でも洪水や土砂災害の予報を行うことができるよう、2023年に法改正が行われたことから、より精度の高い洪水予測情報を提供するとともに、受け手に応じてカスタムメイドされた情報を届ける取り組みを進めていくとした。

240705a7.jpg 関山健京都大学大学院総合生存学館教授は、気候変動と安全保障の観点からの医療現場に対する提言として、今後も温暖化の進行が止まることはなく、災害の激甚化、頻発化も進行するとの認識の下、(1)ハザードマップから自身の医療機関にどのようなリスクがあるかを把握し、平時より備えを進めておく、(2)郡市区医師会、都道府県医師会のみならず、日本医師会や国との協力関係をこれまで以上に意識する、(3)有事の際の協力関係や体制について、日本医師会として国と意見・情報交換を行う―ことが必要になると指摘した。

240705a8.jpg 加藤孝明東京大学生産技術研究所教授は、さいたま市で毎年実施されている災害リスクモニタリングシステムを紹介。住民の参加を促すと同時に、住民だけが知るアナログ情報を取り入れることで、災害リスクへの自覚も高めることができるとした上で、災害時に病院のライフラインを途絶させないための仕組みを地域ぐるみでデザインし、来る災害の激甚化に備える必要性を強調した。
 また、災害発生時に、圏域外のリソースに頼らずに乗り越えられるよう、「災害自立生活圏」の構築をまちづくりの目標とすべきとの考えを示した他、遊技場のような災害時遊休施設を活用して地域の対応を増大させることを提案するとともに、不要不急なニーズを後回しにする必要性を指摘。また、災害時には共助の形として、地域住民のスキルや所有物を地域でコーディネートし、災害対応の資源にしていくことも考えるべきではないかと指摘した。
 その他、首都直下地震発生時に想定される負傷者数に対して、救急車の数が圧倒的に不足していることなどを踏まえ、社会システムとしての医療提供体制を抜本的に構造改革する必要性を強調。具体的には、地域にいる元看護師等、医療知識のある人の知見を生かしたトリアージの実施や、入院中の軽症者を被災地外に移動させて病院のキャパシティを空けることなどが考えられるとした。
 その後のディスカッションでは、長島公之常任理事が、「災害発生時、移動可能な要支援者は、被災地から可能な限り迅速に被災地外に移動することが求められる」とした上で、効果的に移動を促すための方法について質問。これに対し、加藤教授からは、現在とは状況が異なるものの、関東大震災の時などは被災地外に多くの人が移動したことを指摘。いずれは戻れるとの保障とともに、移動することでより良い支援が受けられることを示す必要があるとの考えを示した。

第三部「命をまもる社会の仕組みづくり」

240705a9.jpg 蛭間芳樹日本政策投資銀行業務企画部イノベーション推進室参事役は、日本が過去100年間で乗り越えてきた災害の歴史を振り返り、先人たちの知恵と対策を紹介。一方、人口が急減していく中で、これまでの仕組みや制度では対応が難しくなっており、自殺や生活困窮者、ホームレスの問題など、社会的弱者への配慮が不可欠になっているとした他、平時、有事の避けられる災害死、防ぐことができる死を防ぐことは、医療者のみならず社会全体、ひいては我々一人一人の大きな課題になっていると強調した。

240705a10.jpg 村井宏之株式会社Sky Drive最高戦略責任者は、開発中の「空飛ぶクルマ」について紹介。既存の航空機にはない長所として、①電動なので製造及びメンテナンスのコストが低い②音が静かで、狭いスペースでの離着陸が可能③将来的には自動運転化が可能―という点を挙げた上で、災害時には、医療関係者や患者等の運搬にも活用できるのではないかとの見通しを示した。
 また、既に商用化している物資運搬用のドローンについては、先の令和6年能登半島地震の際に被害状況の確認や物資運搬ルートの探索に活用された事例を紹介するとともに、ドローンの活用を含む防災協定をいくつかの自治体と締結したことを報告した。

240705a11.jpg 前田瑶介WOTA株式会社代表取締役兼CEOは、水問題に取り組み、排水を再生して循環利用することを可能にする「小規模分散型水循環システム」を開発。令和6年能登半島地震の際には、個室シャワー・手洗い場として多くの避難所で利用された他、システムの運用方法を簡素化することで、あらゆる場面で、その活用が可能になっていることを紹介。南海トラフのような広域大規模災害に備え、あらかじめ共助の仕組みを構築しておけば、有事の際の水に関する問題は解決できると強調した。

240705a12.jpg 髙木俊介株式会社CROSS SYNC代表取締役/医師は、研修医時代に患者が急変して亡くなった体験を基に、人海戦術に頼らない医療安全の実現を目指した活動をしていることを紹介。具体的には、生体監視アプリケーションにより、遠隔で複数患者のバイタルサインをリアルタイムに判定し、情報を医療従事者間で共有することで、認識の齟齬(そご)が生まれないようにした上で、適切に治療介入することの実現を目指しているとした。
 また、今後、急変患者が特別養護老人ホームや災害現場で発生するケースの増加が見込まれることから、モバイルカート(可動式遠隔ICU)のニーズが高まるとの見通しを示し、遠隔医療の上手な活用を求めた。

240705a13.jpg 河野剛進株式会社バカン代表取締役は、画像解析等によりデパート、駅、空港といった大型施設で、リアルタイムにレストランや窓口等の空き状況を把握し、待機時間を削減するサービスを提供していることを紹介。災害時にはそのシステムを利用することで、避難所がどこに設置され、どこが空いているのかを一人一人に届けることができるとした他、今後は、日常的に医療支援を要する人々に適切な情報が届けられるようにすることで、不必要な待ち時間や作業を削減することに取り組んでいくとし、そのためには医療関係者からの支援が必要になるとして、協力を呼び掛けた。

240705a14.jpg 武永賢中井駅前クリニック院長は、外国人患者への医療提供について現場の実態と課題を報告。新型コロナウイルス感染症のまん延時には、言語や文化の問題から診察を受けられない等の問題が起きたエピソードを紹介するとともに、今後の災害発生時に、外国人患者にとってどのような問題があるのかあらかじめ検討しておく必要性を強調。また、外国人コミュニティーは情報共有力が高いことから、医療機関が連携を深めておく必要があるとの認識を示した。
 その後のディスカッションでは、「災害医療を提供するに当たってどのような情報が必要なのか」「誰一人取り残さないためにはどうするべきか」「平時からのアウトプットの共有が必要」といった意見が出された他、令和6年能登半島地震を教訓とし、想定される次の災害に対しどの程度の備えが必要か、医療機関ごとに備えるのが困難であれば政府に対し必要な支援を要請していくべきとの見解も示された。
 総括を行った茂松茂人副会長は、水害リスクの高い地域に医療機関をつくること自体に、医療界として高い問題意識を持つ必要性を強調。また、気候変動が今後の医療にも大きな影響を及ぼしてくるとし、医師も地域のさまざまな活動に参加し、医療の安全を包括した未来のまちづくりに参画していく必要があるとの考えを示し、シンポジウムは終了となった。
 なお、今回のシンポジウムを収録した動画は、後日、特設サイトに掲載される予定。ぜひ、ご覧頂きたい。

特設サイト:https://www.med.or.jp/people/jisedai-saigai/

戻る

シェア

ページトップへ

閉じる