閉じる

令和6年(2024年)10月20日(日) / 南から北から / 日医ニュース

パウリ効果

 どちらかと言うと、私は機械が苦手である。苦手なので、必要以上に機械に触れたり、通常扱わないところを作動させたりすることはない。それなのに、私の周りにある機械は故障することが多い。
 例えば数年前の引っ越しで。新居に必要な冷蔵庫・洗濯機・掃除機をB電器で購入。3点セットで少し割引をしてもらった。使用数回目の洗濯機は、終了時にふたロックが掛かったまま開かず、洗濯物が取り出せなくなった。問い合わせると、「ふたロックの開け方はありますが、無理に開けて本当に故障したらお客様の責任になるので......」と言われ、数日後に業者の人にロックを外してもらい、生乾きのタオルを取り出した。また同じ動作不良が生じるかも知れないと言うので1万2000円手出しして新品と換えてもらった。コードレス掃除機は3カ月目くらいでバッテリーが全く充電されなくなり、バッテリー交換が必要となった(こちらは無料)。3点セットで今でも無事に稼働しているのは冷蔵庫のみである。まとめてお買い得だったのかどうかは分からない。
 時計について。奮発して初めて数万円する腕時計を購入した。エコ・ドライブという太陽や室内光で充電する機能が付いており、急な電池切れがないので楽だなーと思って毎日使用していた。
 4年目のある日、急に動かなくなったので街の時計店に相談すると、中を確認した上で、「メーカーでの基盤の修理が必要で、送料+修理代2~3万円掛かると思うので、よく検討されて下さい」とのことだった。「メーカーは10年はもつと言ってますけど、4年で故障は早いですねー」とも。まれにあるケースらしい。今は主人が買ってくれた佐世保玉屋閉店セールの千円の腕時計をはめており、先日電池交換を880円で行い、ずっと快適である。こちらの方が家計にとってははるかにエコであった。
 2019年に私が開業した時、からくりの掛け時計を2台頂いた。とても美しい音色が1時間ごとに鳴るので、1台は外来に、1台は自宅に掛けていた。どちらも1年半くらい経った頃、音が鳴らなくなった。時計の針はきちんと動いている。
 ある日、午後3時頃に外来受診した小さい女の子が、からくり時計をじっと眺めていた。3時になって、からくりが回りだすのを待っていたのである。しかし3時を過ぎても、うちの時計はただ黙々と針を回すのみである。受付スタッフが少女にことわけを言っていた。その少女の悲しそうな顔を忘れられない。
 からくり時計はかさばるが、とりあえず1台を抱えて、また時計店へ。やはり、メーカーヘ送って修理が必要、2万円台だろう、新たに購入された方が良いかも知れません、とのことだった。2台のからくり時計はいまだ、からくらないまま時を刻んでいる(ちなみにご近所の美容室のからくり時計は、15年以上美しい音色を奏でている)。
 眼科は、特に精密機器が必要不可欠な科である。それら無しには診療はできない。そしてどの機械も割と高額である。その機械達がどうかと言えば、やはり故障は免れない。機械に同じような不具合が全国的に起きていて、リコールめいた形で修理してもらえる場合はラッキーである。小さいものでは、機械を昇降させる台が下降だけしなくなったり、瞳孔の間の距離を測る機械の左眼の方だけ動かなくなったり、珍しいと言われる故障がよく起こる。いずれも購入から2~3年で起こり、耐用年数内ではあるので、ほとんど無料で直してもらえたが、中間業者の人にも、メーカーにもいつも迷惑を掛けている。
 「機械の当たり外れ」という言葉を聞くことがあるが、外れ機械と言ったら機械がふびんだし、持ち主の私もがっかりする。私はある日、次の言葉で検索を掛けてみた。"機械が壊れやすい人"。そして出てきたワードが表題の「パウリ効果」である。Wikipediaによると、理論物理学者のヴォルフガング・パウリは、実験機材や装置に触れたり近付いたりしただけで、それらを壊していたとのことである。パウリの乗った汽車が、その時その付近に滞在していただけで壊れたり、研究所の実験の爆発が「パウリ効果」によるものとされるなど、さまざまな逸話がある。
 しかし私は、「私だけじゃなかった」という、よく分からない連帯感を彼に感じたのであった。私は全く機械に恨みも無いし、できれば耐用年数を超えて長く長く元気に働いて欲しいと願っているのに、その期待が大きすぎるのか、機械達が急に動かなくなってしまうのである。
 なぜ、こんな私が眼科を選択してしまったのか。今更他科へは変更できないし。これからもいろいろな機械の故障を経験するだろうし、そのうち、機械の故障なのか自身の衰えなのか判別も怪しくなってくると思うが、いちいち落ち込んでもいられないので、またかー、と思いつつやり過ごしていこうと思う。
 ちなみに「パウリ効果」は本人がイライラしたりすると効果が増強するそうなので、スタッフから「イライラしないで下さいよ。機械のためにも」と言われる。要注意である。マインドコントロールできるように鍛錬して、自身と機械達の健康に努めたい。そしてもし自分にミドルネームを付けるとするなら「パウリ」にしようとひそかに思っている。

長崎県 長崎市医師会報 第678号より

戻る

シェア

ページトップへ

閉じる