高齢化社会への進展が深まるなか,医療費の増嵩に対し,社会保障制度の見直しという状況を迎えつつある.医療保険制度の変革,介護保険制度の創設等,社会保障費の抑制が眼目である.昨年来,医療保険審議会の場において,保険医定数制,定年制などが論点にのぼっている.10年前の国民医療総合対策本部の中間報告に始まった保険医制限の問題は,日医の生涯教育制度の確立によって一時鳴りをひそめていたが,日医生涯教育の申告率の継続的低下状況も視野に入れつつ,大きな波となって復活してきた.
この間,ドイツでは68歳の保険医定年制を実施予定で,医学部入学定員も20%削減し,フランスでも57歳で保険医の早期退職勧奨制度を採用し,入学定員も6,400人から3,500人に大幅に削減している.これら先進諸国の状況を引用し,早晩に現実となる医師過剰対策という前提のもとで保険医数を減らし,医療費の削減を企図している.
もしも,保険医の定数制,定年制が実施されるとすれば,官公立病院並びに大学で60歳,私立病院並びに大学で65歳で定年退職される勤務医は,その後の人生で実際に医療に携わる期間がきわめて限られた年数となる.研鑽を重ね,蓄積した臨床経験や知識,また,技量も発揮することが不可能となり,今後,低迷化が予測される社会保障のもとで不本意な生活を余儀なくされることになる.老後の生活設計は根底から崩される由々しき問題である.
さらに,保険医登録による定数制を図るとすれば,ドイツ,イタリアで現実となっている若い医師の登録順番待ちによる混乱を生じ,失業医師たちは生存のため,いろいろな職業に就労せざるを得ず,最も大切な医師教育の基礎段階が失調するし,保険医浪人は本来希望する診療科や大学「病院を断念し,止むなく空いている診療科や病院に志望を変更せざるを得ない羽目となる.医師過剰の解決は,医学部入学定員の削減という本質的方策以外には求められない.
このような医師身分の制約を防ぐためには,世論の動向が大きな鍵となる.すなわち,社会が医師集団が生涯にわたり学習を継続し,進展する医療知識を吸収し,それを日常の医療の場で,国民の健康のため還元している実態を明確に認識し,理解と信頼を得ることが最も重要である.
当然ながら,勤務医はそれぞれの診療科関連学会に加盟し,研鑽に励んでおり,認定医あるいは専門医の資格取得とその更新,研究成果の学会発表,症例検討,CPCなど日常の学習に努力を重ねている.しかしながら,こうした学習実績が日医の生涯教育制度のなかで,履修申告という姿に反映されていない.図に示すとおり,生涯教育制度発足当初,勤務医でも47.6%あった申告率は,平成6年度には24%に低下し,平成7年度は若干上昇したが,まだ25%台という低率にとどまっている.診療所医師も同様で,当初73%という高い成績から継続的低下をたどりつつあるが,勤務医のほぼ2倍を確保している.直言すれば,日医全体の申告率の低下を勤務医が倍加させているといえよう.
生涯教育制度集計結果 申告率年次推移
もとより,日医生涯教育のカリキュラムを履修し,それを申告しても,それによって特別の資格,恩典を得るわけではなく,個人にとって学習以外の何のメリットもない状況である.しかし,日医の生涯教育の申告率は社会が医師の生涯学習に寄せる熱意と実績を評価する唯一の尺度であることに深く留意していただきたいのである.現状のような低い申告率に終始すれば,マスコミの好餌となり,社会一般もその実態を知ることなく,医師全般の不勉強という偏見を抱くことになりかねない.社会に誤解を与え,偏見に基づく世論が形成されれば,保険医の登録制,登録更新は官僚主導の手法によって統御される危険性はきわめて高い.
すでに,日医の生涯教育制度のカリキュラムには医の倫理から医療保険制度といった現実的問題に至るまでの医療的課題が包含されており,また,関連周辺領域の医学的知識の習得のためにも,多彩な項目が設定されている.さらに,各分科会,例えば内科,外科をはじめ基本的診療科学会の認定医履修単位と日医生涯教育の履修評価とは,すべてある程度の互換性が成立し,相互に導入できる仕組みとなっている.所属学会での修得単位は学会発表,論文著述等すべて日医の生涯教育の評価対象となっている.わずかな記入労力で申告書に記入し,提出されればよいのである.
保険医の身分制約の問題は開業医,勤務医等の職域の異同に関係なく,画一的に,しかも非常に大きな影響をもつのであって,ぜひともこうした情勢を理解され,日医の申告率を高め,私どもがともに生涯学習に励んでいる実態を社会にアピールさせていただきたい.現在,皆無に等しいメリットはそのとき,きわめて大きなメリットに凝集することであろう.
(日医常任理事 小池麒一郎)
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