日医ニュース 第931号(平成12年6月20日)

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診療情報の提供−経過と実施状況

−札幌社会保険総合病院−


 
はじめに

 日常診療において患者と医療者側との良好な信頼関係を構築し,強めることが良質な医療を提供する基盤と考えられ,診療情報を互いに共有することが医療の質の向上にも重要であるとの考えが一般化しつつある.
 平成十年六月に「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会報告書」が厚生省より発表され,そのなかで法制化について提言された.日医では自主的「提供」の方針を示し,平成十一年二月に「診療情報の適切な提供を実践するための指針について」を発表し,その後に出された「診療情報の提供に関する指針」(平成十一年四月)および「診療情報の提供に関する指針の実施に向けて」(平成十一年十一月)により平成十二年一月一日実施の方針を示した.
 そのようななかで,札幌社会保険総合病院では,日医の実施に先立って,平成十一年十一月一日に「診療情報の提供」をスタートしたが,その経過や現状について述べたいと思う.

「診療情報提供」の道のりについて

 当院では,平成十年九月には時系列に沿って記載する「一患者一診療録」とともにPOMR(問題志向型診療記録)が導入されていたが,「診療情報の提供」に向けて当院医師四十六名を対象としたアンケート調査では,何らかの方法により「診療情報の提供」を行うべきとする医師は八一%に達していた.
 平成十一年四月,日医より「診療情報の提供に関する指針」が発表されたため,その指針に基づいて検討することになった.
 平成十一年七月に診療委員会のなかに,医師,看護婦,医事課職員で組織する「情報開示検討小委員会」を設置し,当院でのマニュアル作成の検討に入ることになり,同年九月にはマニュアルもほぼ完成した.
 平成十二年一月一日,日医は「診療情報の提供」をスタートさせる方針を出したが,当院ではすでに準備が終了していたので,当院の所属団体である全国社会保険協会連合会本部の了解も得て,十一月一日「診療情報の提供」に踏み切った.

マニュアルの特徴と「提供」の流れについて

「マニュアル」の作成に当たっては,委員会での多くの議論があったが,日医の「指針」と異なる点もいくつかあり,その点についても議論が集中した.
 その一つは「提供」を求めうる者として,「指針」では,「患者が成人で判断能力に疑義がある場合には,現実に患者の世話をしている親族およびこれに準ずる縁故者」としていたが,これでは対象範囲があいまいなことから,「患者に法定代理人がある場合は法定代理人」のみとした.
 もう一つは,「指針」では,「満十五歳以上の未成年者については,疾病の内容によっては本人のみの請求を認めることができる」としていたが,親権者の請求にも応じるべきであるとし,「満十五歳以上の未成年者については,疾病の内容により本人または親権者の請求に応じる」とした.
 また,「遺族」に対する「提供」はどうするかであったが,「患者との信頼関係」という基本理念からは対象となる患者が死亡していることから,信頼関係を構築しようがないので,これも対象から除外することにした.
 実際に「提供」の請求があった場合には,診療委員会が直ちに「提供」できるかどうかの結論を出して院長に答申し,一両日中には患者側に伝えることになっている.

「診療情報の提供」の現状について

 昨年十一月から本年五月現在までに「提供」に関する問い合わせが六件,実際の「提供」の請求は二件あったが,「提供」した事例ごとに簡単に述べる.
 (1)七十歳男性,慢性気管支炎で通院し軽快したが,「自分の記録として,胸部X線写真のコピーがほしい」という申し出があり,翌日コピーをその患者に渡している.
 (2)三十二歳女性,全身性エリテマトーデスの患者で,重症腎不全となり搬送されてきた.血液透析も含めた治療で腎機能が回復したが,退院近くに「自分の入院中の病状経過をさらに詳しく知りたいので,医師の診療記録などのコピーがほしい」という申し出があり,翌日,入院診療記録六十三枚のコピーと胸部X線写真のコピーを渡した.後日,患者は「苦しい時に二十四時間病状にあわせて大変多くの医療行為をしてくれたことが詳細に分かり,感動した」と婦長に述べている.「診療情報の提供」によって,患者との信頼関係が一層高まった事例と考えられる.

おわりに

 「診療情報の提供」の目的は,患者・家族とともに医療を進める連帯感と信頼感をどのように構築するかがその理念である.
 そのためには,患者側の環境の整備も重要となるので,家庭での話し合いの場をどのように構築するかといった助言も必要になるはずである.当院では「提供」を契機に,ほとんどの症例でがん告知がなされるようになった.
 また,医療者側の環境の整備としての記録方法の統一化といった問題もある.当院では,平成十一年十二月には「診療記録などの記載マニュアル」を作成し,看護記録も含めたわかりやすい診療記録の作成を心がけている.
 現在の医療が,一医療機関で完結するものではなく,機能分担の考えに立脚した医療連携の必要性が高まっているなかで,院内はもとより他医療機関との「情報の共有化」をますます推進するべきであり,「医療情報の提供」は医療の質の向上も合わせて,その一つの方向を示していることは確かと思われる.


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