日医ニュース 第937号(平成12年9月20日)
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医学の発展に伴う医療への過信,情報過多と患者の権利意識の向上で医療への不信感は増大してきた.医療提供者として責任を感じるが,私どもの周辺基盤は果たして安定しているか,当院を例に考えてみたい.
診療時間:千二百人の外来患者を三十名の医師が診察している.患者一人十分の診療で六時間四十分.昼食抜きでも,終了は午後四時となる.疾病の特殊性,個人差,不測の事態を説明する十分な時間はない.診療時間に対する妥当な対価がなければ,インフォームド・コンセントは画餅に帰す.
救急医療:内科系・外科系一名ずつ交替で,毎日約六十名の急患を診療.担当医は,ほとんど睡眠が取れないまま,翌日の業務をこなす.正に三K職場で事故のないのが不思議.特に,小児科医は四日に一度の拘束である.
救急部専属医を一名確保するには,五名の医師を採用する必要があり,これも夢物語である.
研修医:予定されているローテート方式の研修医は病院の戦力とはならず,指導医の負担は計り知れない.
臨床教授,助教授の称号に加えて,教育専任スタッフと施設の充実がなければ,過去のインターン制度と同じく,有名無実となるだろう.
医療経済:二百床以上の病院では,処置料と一部の検査料が外来診療料に包括されたため,外来収入は激減した.
一方,入院基本料は増額されたが,在院日数削減に伴う病床利用率の低下は,患者数が増加しないかぎり回復は望めない.
良質の医療を提供することは医師の責務であるが,前記の人的・時間的隘路,脆弱な経済基盤のもとでは患者も医師も納得できる医療はむずかしい.
市場原理が導入され,中堅医師としての勤務医が疲弊すれば,余波は全医療界に及ぶ.
経済効率の面のみで医療を捉えることなく,国民の健康保持を第一義的に考えるべきであろう.角を矯めて牛を殺すことのないよう望むものである.
(山口県立中央病院副院長 上田尚紀)