日医ニュース
日医ニュース目次 第1005号(平成15年7月20日)

勤務医のページ

―医療改革の起爆へ―
新臨床研修制度

新臨床研修制度のキーワードは全人的医療

 筆者は,昭和四十一年卒業で旧来のインターンを一年間終了した後,受けるはずの医師国家試験を,全国医学生とともに団結してボイコットした学年の一人である.昭和四十三年インターン制度は廃止され,現行の臨床研修制度(臨床研修を行うよう努めるものとする=努力規定)に変わったが,平成十六年四月から開始される新臨床研修制度は,診療に従事しようとする医師は,臨床研修を受けなければならない(=必修義務)と医師法第十六条の二に定められた.
 新制度の理念は,(1)患者を全人的に診ることのできる基本的総合診療能力(技術,態度,知識)をプライマリケアを中心に幅広く修得すること(2)臨床研修に専念できるように研修医の身分の安定および労働条件の向上,また指導体制の充実(3)医師としての人格を涵養するために医の倫理を学ぶ(4)救急,精神,小児,産科,地域保健・医療の理解と実践,医療安全対策を身につけること―などである.

現行制度の反省から地域保健・医療の重視へ

 現行臨床研修は多くの場合,卒後直ちに大学講座に入局し,限られた専門領域でのみ実施されており,知識や技術や経験において偏った専門医志向となってしまった.
 日医の掲げる地域保健・医療研修計画は,(1)保健所の役割について(2)社会福祉施設等の役割について(3)診療所の役割(病診連携を含む)について(4)へき地・離島医療について,それぞれ理解し,実践する―としている.
 これは,高度医療や専門医療のみが医療ではなく,人間が生まれてから死ぬまでのあらゆる場面に,全人的にかかわるのが医師であるという理念をうたっているのであり,医師会活動はその実践である.全人的医療の研修の場として,全国自治体病院協議会と全国国保診療施設協議会は地域保健・医療の重要性を強調し,共同でモデルプログラム作成や指導医養成研修会をすでに開始している.

ソフトランデングで試される先輩医師集団

 本年六月十二日,厚生労働省は,二〇〇七年三月までは,(1)医療法上の医師の配置基準を満たされなければならないとの規定を適用しない(2)受け入れ研修医の数は,病床数を八で除した数を超えない範囲(3)指導医の臨床経験を五年以上とする―など指定要件を緩和した.これは,大学病院の受け入れ数を増やす一方,医師確保が困難な地方の事情にも考慮したソフトランデングである.
 しかし,このソフトランデングは,一方では,われわれ先輩医師の力量を試されることでもあることを銘記しなければならない.
 その意味で,多くの研修医を受け入れる大中小病院の勤務医の役割は大変重要である.何としても良き医師を育てるという強い信念のもとに,(1)指導医の養成を推進する(2)受け入れ病院・施設の臨床研修プログラム(formal curriculum)を特色ある充実したものとする(3)Informal(hidden=隠れた)curriculumを意識して重視すること―が求められる.

良き医師づくりはhidden curriculumにある

 医学の実践(=医療)とは,生命科学を人間性と結びつけることであり,医師教育において人間性の育成は最重要項目であるが,米国医師・患者学会では,その人間性(humanism)とは患者に対して関心と敬意を持ち,患者の心配事や患者が大切にしているものに取り組む医師の姿勢(考え方)と行動であると定義している.
 hidden curriculumとは,日常業務のなかで,院長,先輩医師,同僚,コメディカル等によって示される態度や言葉の習慣をいい,それが良きにつけ悪しきにつけ,新人医師に強力なメッセージを伝え,それを新人医師が身につける医師の習慣である.

国民の評価に耐えうる研修指導を

 日本中の臨床現場には,hidden curriculumに秀でた名もなき先輩医師が多数存在する.今後の良き医師づくりは,先輩医師たちの良きhidden curriculumにかかっているといっても過言ではない.今こそ,先輩医師は,自信をもって研修医を迎えよう.そして,国民の評価に耐えうる研修指導をしよう.
 三十六年振りの医師臨床研修制度改革の成果は,三十年過ぎないと評価できないが,この三十五年間,日本の医療制度のさまざまな矛盾を解決して来れなかったわれわれは,新臨床研修制度を機に医療の大改革をし,医療の信頼回復に邁進しなければならない.
(岩手県立中央病院長 樋口 紘)

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