日医ニュース
日医ニュース目次 第1097号(平成19年5月20日)

勤務医のページ

医師の確保と育成
―マグネットホスピタルの提言

「名義貸し・研究助成金問題」と反省

 初めて医師名義貸し「事件」が北海道で報じられたのは,二〇〇二年七月,あの事件から,ほぼ五年.事件は東北大学にも飛び火して,〇三年八〜九月にかけて,大学は大騒ぎになった.その後,名義貸しは終息したかに見えるが,名義貸しや研究助成金問題の背後に潜む真相の解明という点では,混迷を深めている.深刻な医師不足,特に地方での病院や地域医療の崩壊がメディアを賑わさない日はない.
 それ以降,はっきりしたことは,日本では医師が極端に不足しているということだ.それが,現在の医療のあらゆる悲惨な状況の根本原因だ.だから,解決方法は医師の増員が一番である.政府が手持ちのデータを出し尽くさないと,「日本では医師が足りている」という言説も,ただの言辞となって虚しい.
 医師不足がもたらす困窮した医療現場を,医師を増やさないで改善する「次善の策」はあるのだろうか.大騒ぎになった二〇〇三〜〇四年,批判に謙虚に答えるべく,東北大学は崩壊の危機にある地域医療に対し,大学として何ができるかを提言するため,「地域貢献作業班」をつくって議論した.大学の地域貢献を定量化する大規模な調査の結果,二つの興味あることが判明した.

データ

 (一)大学から直接赴任した地域の病院規模と赴任医師数の間に,注目すべき関係が判明した.東北地方の臨床研修指定病院の平均病床数は五百七,非指定は百五十六.研修指定病院への赴任医師数は九人/年,非指定病院へは〇・六人/年.赴任医師数で見ると,赴任医師約十五人/年の病院の平均病床数は四百七十六,約一人/年の病院では百七十八.
 病床規模と赴任医師数は単純に比例しない.いかに若い医師が病床数規模五百の病院に多数赴任するかが分かる.医師は病床数五百の病院の育成環境を高く評価している.われわれは,このような医師の集まる病院を,米国看護協会の造語を借りて,“マグネットホスピタル(MH)”と呼ぶことにした.
 (二)東北大学同窓会名簿で,卒業後三十年分の医師の動向を見た.開業する医師,大学にとどまる医師,勤務医で一生を過ごす医師.それぞれ卒後二十年を経ると,折れ線グラフは凸凹しながらも,ほぼ平行になる.医師は生涯,技量の向上を目指して職場を探し求めるが,卒後二十年を経過して,医師としてのファイナルキャリアを決定する.医師の育成には長期的観点が必要である.

マグネットホスピタル設置の提言

 一方で,疲弊する地域の医療圏の実情を目の当たりにすると,市町村に丸投げされた貧困な医療政策をそのまま反映する中小の病院が,政治の玩具にされ,行く末を見定めかねてあえいでいる.今や医療は,医師不足も含め,一市町村単位で解決できる問題ではない.
 地域に医師が不足している.増員もかなわない.ならば,医療者はせめて,できるだけの無駄と姑息な既得の権益を排し,前述の調査で明らかなように,妥当な人口規模で医師が集まりやすい五百床ほどのMHの設置を考えるべきではないか(人口二十万に一つ).診療科が網羅でき,三次救急も標榜でき,医師数も七十人以上と,若い医師にとっての教育環境は十分だ.医師不足の医療圏にMHを設置し,医療圏全体で医師を確保し,地理的事情も考慮しつつ中小病院の戦略的な配置を考えるべきである.
 市町村の財政規模の身の丈にあった病院と言うことで,“二百〜三百床の病院に若い医師を張り付かせて忙しくこき使う”というのは,人材育成の観点でも,長期的に正しい考えではない.わが身に置き換えて考えれば,無理な話だ.市町村の垣根を越えて,ふかん的な立場で,医療行政を進めなければならない.住民にも包み隠さず,手の内を明かして議論に参加してもらう必要がある.
 医師の育成に十五〜二十年が必要だとして,その間で経験すべきことは本人の希望とすり合わせて,体系的にプログラムをつくる.キャリアパス形成(病院間の異動を保証する)については,その強力な支援機関を設置する必要がある.大学と病院群と行政が一体となった包括的医師育成機構を,立ち上げる.そうすれば,医師の赴任しにくい医療機関にも,キャリアパス形成の一環として,医師配置が可能となる.
 医師が実効的に増員されるまでは,医師不足医療圏にこそMHを設置する.そして,包括的医師育成機構のなかで,医師配置も考えながらキャリアパス形成支援を行う.私たちは,こう提言をしたい.

(東北大学大学院医学系研究科発生生物学教授 伊藤恒敏)

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