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第1105号(平成19年9月20日) |
「白い巨塔」から「白い廃墟」へ─大学病院の危機的状況─
黒木登志夫(岐阜大学学長)
「白い巨塔」であった頃
医師会員の大部分は,大学の医局に所属した経験を持つであろう.一昔前の教授を頂点とする医局制度には,良い点もあったにしても,よその世界から見れば,前近代的な組織というほかはなく,その影で泣いた医局員も多かったに違いない.
その実情は,誇張した姿ではあったが,山崎豊子の『白い巨塔』(一九六五年)によって,日本中に知られることになった.つい最近も,「白い巨塔」はテレビドラマとして,全国に放送され,大学病院について新たな誤解を生んだのではなかろうか.例えば,教授選考にしても,教授回診にしても,『白い巨塔』時代の話であり,合理化され,近代化された現在とは混同して欲しくない.困ったものだと言いながらも,私自身,あの番組をおもしろく見た一人である.
大学病院は,一昔前の『白い巨塔』の時代を経て,今は,最も良心的な病院に生まれ変わった.しかし,大学病院は,今,「白い廃墟」になりかねないところまで追いつめられている.
現実となった「破綻のスパイラル」
法人化して一年も経たない時,私は内閣府の総合科学技術会議からヒアリングを受けた.研修医,医師不足,負債償還,経営改善係数,医療費削減などの問題が相互に働き,大学病院は「破綻のスパイラル」に入って行くであろうという模式図をつくった.「破綻のスパイラル」は,大学病院関係者の不安を端的に示したこともあり,いくつもの大学の教授会が,資料として配布したと聞く.
残念なことに,それからわずか二年の間に,「破綻のスパイラル」は現実のものになってきた.国立大学協会の調査によると,いわゆる赤字病院は増え続け,平成十八年度には,四十一病院中八病院,二〇%が赤字となった.三年後に赤字になると予測している病院は十九病院(五三%)を数える.
赤字になったらどうするか.法人化したのだから,自己責任ということで,文部科学省は救いの手を差し伸べる様子はないようだ.とすると,大学本体の予算を削ってでも,病院に回さざるを得ない.しかし,億単位の病院の赤字にお金を注ぎ込むと,他の学部,例えば,文系の学部は吹っ飛んでしまうであろう.病院原発の赤字病巣が,全学に転移し,大学を破綻させるところまで来ている.
大学病院は単なる大きな病院ではない
大学病院は,単なる大きな病院ではない.医師,看護師など医療人の養成に加えて,最先端の医学研究をするのも大学病院の使命である.それが,今,怪しくなってきた.
国立大学協会の調査によると,臨床医学の論文数は,ピーク時(二〇〇〇年前後)に比べて,二〇〇五年には一〇%も減少している.特に,地方国立大学での減少が目立つ.この間に,世界の論文数は七%増加している.このままでは,日本の医学研究は世界から取り残されていくことになるだろう.
その最大の理由は,病院の財政状況の悪化である.医師は診療科長から,診療科長は病院長から,病院長は学長から,収入を上げるよう圧力を受け,その結果,研究に使える時間がなくなってしまったのである.
その診療さえも,大学らしい診療はできなくなってきている.高価な薬は使わないよう,なるべくジェネリック医薬品を使うようにしなければ,負債を返せない.最高の,そして時には最後の治療を求めて大学病院に来る患者さんの期待に対して,もはや大学は,それに応えることができなくなってしまった.
大学病院は,診療,それも市中の病院ではできないような高度医療と,これからの医療を開くための研究と,次代を担う医療人への教育を任務としている.そのような大学病院の役割を,文部科学省と財務省は正確に理解して欲しい.
「白い廃墟」となる大学病院
大学病院の今の状況は,ローンで車を買った人に似ている.大学病院の再開発のために負債のある病院は,一生懸命ローンを返しているが,あと数年のうちにローンが返せなくなり,自己破産するほかなくなるであろう.古くなったので新車を買おうとしている人(再開発しようとしている病院)は,財政基盤がないためローンを組むことができず,今の車(病院)が走れなくなるまで乗りつぶすほかない.
このままでは,大学附属病院はその役割を果たすことができず,財政的に破綻に追い込まれ,「白い廃墟」になってしまうだろう.財前五郎が知ったら何と言うであろうか.
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