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第1109号(平成19年11月20日) |
座談会(第2回)
「地域医療の崩壊と勤務医」をテーマに
医療安全の構築
池田 医療安全の話に移りたいと思います.
高橋 連携にかかわるかも知れませんが,今,全国的に国民の大病院志向があります.そのために,風邪引きも大病院に行って三時間待たされる状況です.もう少し適切に連携が取れて,大病院は大病院なりに重症の患者を診る,一般クリニックはそれほど重症でない患者の対応をするという形ができないかと思います.
特に勤務医が勤めるところは,比較的大きな病院や中規模病院が多いわけですから,そこに患者が集中してしまうと,それだけで疲弊してしまうこともあるのではないでしょうか.疲弊したなかでは,医療安全は構築できないと思います.
片桐 医療安全という考え方が出てきた時に,「本質的に,医療は安全なものではない」と言わなかったのは,われわれの最大の間違いでした.
医療安全を進める時には,「医療は安全ではなく,不確実なものだ」ということを知ってもらわなければならないと思います.
大橋 多くの国民は,「お産は安全なものだ」と思っています.しかし,お産は何でも起こり得る.「“お産は危険なものだ”ということを認識したうえで分娩してください」というような同意書も要るのではないか.つまり,『お産の同意書』も要るのではないか,今後,そういう時代が来るのではないかと話をしています.
岡村 私の病院では,分娩に関しては,『同意書』に似たものをつくりました.以前は,患者とじっくり話をすることで信頼関係を構築していました.最近では,結果が悪ければ,すぐに訴えるという話になってしまいます.保険の説明書ではないですが,とにかく危険性は全部書いて,そこにサインをもらう.そして,読んでいなければ,「ここに書いてありますよね」という形にしないとやっていけなくなるのではと危惧しています.
高橋 本来,病気に対しては,患者と医師が,同じ方向を向いて闘うべきと思いますが,病気を挟んで医師と患者が闘うという状況が出てきています.今まで,あまりにも安心・安全ばかり強調しすぎたと思いますので,医療の不確実性は,これから啓発活動を進めていくべき分野の一つだと思います.
池田 医療安全について,ほかの角度からの発言はありますか.
片桐 今,いろいろな病院で取り組んでいるリスクマネジメントでは,インシデントレポートを,コンピューターで集計して解析するというような作業をしていますが,われわれが多大な労力をそこに払う価値があるのかどうか,疑問に思っている医師は多いと思います.
インシデントレポートを書いて,診療時間がなくなっている.それで疲れて,インシデントがまた増えるという,自己増殖型のリスクマネジメントというか,リスクプロダクションとも言うべきでしょうか.リスクマネジメントにも,時間と人手がいる.だから金もいるのだ,ということをはっきり主張し,皆で何とか頑張るという方向性は,もうやめた方がいいと思います.
岡村 医療機能評価という視点もあります.認定されるために,われわれは一生懸命頑張るわけですが,それがまた疲労を招いて,認定はもらったけれども,余計に疲れているために,インシデントが増えるというようなこともあると思います.システムづくりが先走っているのではないか,とも感じます.
大橋 医師自身がリフレッシュできる環境にあるか,ということも重要な視点だと思います.オンの時は,ものすごく忙しく働いたとしても,オンとオフがはっきりと分けられるのであれば,状況は違ってくると思います.
主治医制の問題
大橋 総合病院で働いているメリットは,自分たちでこういう場合はこうするというガイドラインがあって,チームを組んでいることだと思います.ですから,私の病院では,最初に,チーム医療でやっていますということを外来で患者に説明します.外来では担当医が妊婦健診などを行いますが,実際,陣痛が始まったら,そのときの当直医がお産をとりますということは説明しています.
また,私の病院は研修指定病院でもあるので,指導医の監督の下で研修医がお産をとることもあるということを,最初に来てもらった時に説明し,了承を得るようにしています.
高橋 現実的には,画一的にチーム医療にして,オンとオフの時間をきちっと設けるということは,すべての病院では実現不可能だと思います.
大半の病院は,勤務医の人数があまりにも少な過ぎて,できないという現実があります.
鈴木 OECD諸国と比較して,医師が五割足りないという話が出ているのですが,いかがでしょうか.
高橋 私の病院の場合は,医師が五割増えれば大幅に変わると思います.私の病院は,医療法に照らせば充足数が一五〇%になっています.それをさらに五割増しにすれば,多くの科で時間交代制ローテーションを組めるのではないかと思います.
ただ,医師の充足数が,七〇%,八〇%という病院は当たり前のようにありますので,そのような病院では医師数が五割増えても,ローテーションを組むのはまだまだ難しいだろうと思います.
それから,診療科が細分化・高度化されていることも,勤務交代のローテーションを組むうえで,大きな課題かも知れません.
もし総合科というような形にすれば,可能になる部分が増えてくるかも知れませんが,国民が望む専門医に診てもらいたいという希望とは,大分変わってくる可能性があると思います.
小池 専門分化が進み過ぎたアメリカの医療と比べて,専門医がいろいろな領域を診ることができる日本の医療は,それはそれで良かったという事実も認めるべきだと思います.
それと,時代の流れもあるとは思いますが,患者の要求にどこまで応えなければいけないのかと,若手としては思います.
患者から,いろいろなクレームや要求がある.そこに,純朴に,患者のためにと思って,身を削りながら疲労している勤務医がいて,それに応えるとさらにクレーム・要求がきます.いったいどこまで患者の要求に応えなければいけないのか.それを思うと,未来が暗く思えてきます.患者の要求に対して線を引いてもいいのではないかと思うのですが,いかがでしょうか.
岡村 本当に対応しなければいけないクレームと,「言い掛かり」とも思えるクレームもありますが,どうしてクレームが出るのか,というところにも立ち戻らなければならないと思います.現場に余裕がなさ過ぎます.
高橋 元気で入院したはずなのに何で亡くなるのだとか,手術をしたら後遺症が残ってしまったとか,そういうクレームは日常茶飯事です.医師と患者・家族間では,その理解があまりにもずれていると思います.そのギャップは少しずつ埋めていくしかないだろうと思います.国,行政のレベルあるいは医師会など,いろいろな機会に理解を共有する努力が必要だと思います.
池田 医療の不確実性とか,医療の限界というものを,国民にも理解していただかないと,なかなかこの仕事を続けにくいですね.
勤務医座談会 出席者 |
池田 俊彦【司会】(日医勤務医委員会委員長・福岡県医師会副会長)
大橋 容子(沖縄県立南部医療センター・こども医療センター)
岡村 麻子(日立総合病院)
片桐 修一(大阪市立豊中病院副院長)
小池 宙(東京医科歯科大学附属病院臨床研修医)
高橋 弘明(岩手県立中央病院神経内科長兼地域医療支援部次長)
鈴木 満(日医常任理事) |
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