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第1111号(平成19年12月20日) |
座談会(第3回)
「地域医療の崩壊と勤務医」をテーマに
司法の介入
池田 医療に対する司法の介入について,何かお話があればどうぞ.
片桐 医療はもともと不確実な分野であるにもかかわらず,それがうまくいかない時は,刑事罰を前提に逮捕するというのは,文明国のやり方とは思えません.そのなかで,あえてリスクの高い分野で,勤務医をやろうという医師が残っていくと考える方がおかしいと思います.
高橋 現実に,産婦人科・小児科などで医師が不足していますが,当初,両科を志望する研修医は結構います.ところが,厳しい現実を見て,自分の家庭のことを考え,初期研修修了時に進路を変更した研修医もいました.
さらに,マスコミ報道等で注目され,訴訟にかかわる可能性が高い診療科があるということになれば,そのような診療科を避けて将来の専門を決めたいと考える医師が出てくる可能性もあるでしょう.
また,訴訟のリスクの高い重症の患者はなるべく診たくない,あるいは重症患者を診ないで済む職場を選択したいと考える医師も出てくるかも知れません.
女性医師の問題
池田 女性医師の問題に話を移してもらいましょうか.
岡村 私は子どもが一人います.仕事を続けるために,主人と別居し,実父母と同居してやってきました.いつ呼ばれるか分からない状況ですから,夜中でも,娘はPHSが鳴るたびに私にしがみついて泣きました.今の倍の人数の産婦人科上級医がいれば,状況は激変すると思います.
また,女性医師の仲間はたくさんいますが,非常勤も多いです.彼女たちは,せっかく勉強してキャリアを積んできたので,それを生かしたいと思っているのですが,“全”か“無”かの選択しかないため,非常勤を選択しています.都会には非常勤の口が多くあります.時間も取れてQOLも良く,生活もそれなりにできるとなると,非常勤を選択するのは,当然だとも思えます.
一方で,手術の必要な救急症例や他科コンサルトの必要な難しい症例は,センター病院でしか扱うことができません.難しい症例に出会った際に自分の力を使えることは,医師冥利(みょうり)に尽きることですし,醍醐(だいご)味だと思います.そういう観点から見ると,うまくシステムを回していけば,やりたいという気持ちの女性を集めることは可能だと思います.
大橋 ハードルを高く上げ過ぎない方が良いと思います.私の病院は,県立の総合周産期母子医療センターなのですが,今,スタッフが六人と後期研修医が二人います.そのなかで,子どもを持っている医師は一人もいません.
私は産婦人科医で,結婚していますが,子どもはいません.子どもを持っていたら,家庭に割く時間も十分に取れませんし,やっていけないだろうと思います.それだけハードルを高く上げないとやっていけないというのは,異常だと思います.
また,私の病院でも,非常勤で外来専門の先生を募集しているのですが,全然集まりません.おかしな話だとは思いますが,そういう先生にとっては,開業医の産婦人科医院で,パートとして働いた方が,ずっと収入が良いということが背景にあると思います.
高橋 結婚して出産された女性勤務医が,勤務医を辞めて非常勤になるのは,全国的な傾向ではないかと思います.公的病院や自治体病院は,どうしても収入が低いものですから,開業の先生のところでパートで働くことが多いかも知れません.
それから,現在,医学部の女性の比率は三〇%と言われているようですが,今後,アメリカ並みにフィフティ・フィフティに近付くのではないかと思われます.
毎年,八千人程度の医学部の卒業生が出たとしても,その全員がリタイアするまで,ずっと医師としての仕事を続けてくれるとは限りません.今後の医師不足の問題を考える時に,女性医師への処遇改善は,最重要課題になると思います.
ちなみに,私の病院には,二年目の研修医が十五人いますが,そのうち十一人は女性医師です.
片桐 大阪府医師会で,女性医師問題についてのアンケートをお願いしたのですが,「仕事と育児が両立できるか」という問いに,「できるだろう」と回答した医師は三〇%ぐらいでした.また,育児休暇を「取れない」という回答が約四割ありました.「同僚に迷惑がかかる」ということが,とても気になるようです.
私の病院では,一年程度の期間,完全に休暇を取ってもらい,その後,現職復帰という例は,小児科,産婦人科,麻酔科などであります.また,三歳くらいまでは,病院内に託児所もあるのですが,十分なキャリアのある女性医師でも,常勤は無理だという話が出てきています.スタッフも比較的充足されて,休みも取れるという条件の病院でも難しい状況なので,何か手当てをしなければならないと思います.
人間らしく働くこと
小池 女性医師のマンパワーが語られる時に,「どのように効率良く女性医師の労働力を搾取するか」という議論になっている気がします.女性の時間をどうやって各家庭から切り離して病院に持っていくのか.そんな議論で,問題は本当に解決するのでしょうか.
女性医師が女性医師として働くのはどういうことかと言うと,病院に人生のすべてを捧げさせるということではなく,女性医師が人間らしく働く,生きていくということだと思います.医師が人間らしく生きていくということです.それは男性も同様で,家庭を守る男として,どうやって生きていくのか,そのためにどうやって病院以外の時間をつくるのか,その話は避けて通れないと思います.
マスコミの報道も,政府の議論も,いつもどうやって効率良く医師の労働力を使うのかという話になります.どうやって限界まで使いこなそうかと議論しています.その効率良く使われる輪から離れなければ,体が壊れそうで怖いです.そして,その輪から離れた方が楽で,お金も稼げるので非常勤に就こうとする.女性が非常勤に就くのと同じように,若手の男性医師でも離れていくと思います.
池田 女性に生き生きと働いて欲しいという願いもあっての女性医師問題ですからね.
岡村 子どもを持っている女性医師が人間らしく働ける病院というのは,男性医師も人間らしく働ける病院だと思います.
男性・女性にかかわらず,勤務医は疲労困憊(こんぱい)しています.もう個人で頑張るのは,限界だと思います.
大橋 だれかが妊娠・出産したら,その分をほかのメンバーがカバーするのではなくて,予約制限をしたりして,全体の仕事量を減らすべきだと思います.できないことはできない,これ以上は,絶対に頑張れないと主張しよう,という声も出ています.
高橋 診療制限では,それによってあふれた患者が,またどこかの病院に行くことになってしまいます.ある程度の医療整備がなされている地域ならいいのですが,周囲数十キロのなかに,たった一つしかない病院では,診療制限はできないという現実もあります.
勤務医座談会 出席者 |
池田 俊彦【司会】(日医勤務医委員会委員長・福岡県医師会副会長)
大橋 容子(沖縄県立南部医療センター・こども医療センター)
岡村 麻子(日立総合病院)
片桐 修一(大阪市立豊中病院副院長)
小池 宙(東京医科歯科大学附属病院臨床研修医)
高橋 弘明(岩手県立中央病院神経内科長兼地域医療支援部次長)
鈴木 満(日医常任理事) |
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