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第1135号(平成20年12月20日) |
診断書発行の義務と勤務医の過重労働
栃木県医師会勤務医部会長 福田 健
診断書発行の義務
医師は,医師法第十九条二項の法規定により,患者から診断書交付の請求があった場合には,これを記載・発行する義務がある.診断書は診察に当たった医師のみが発行でき,官公署に対する各種の書類の添付書類として,また各種保険金の支払い請求等の証明書類として社会的に必要性が強いので,その発行を医師の恣意ないし専断に委すことは許されていない.診断書発行を拒むことができる正当な事由としては,以下の場合がある.
(1)患者に病名を知らせることが好ましくない時(がん告知が拒否されている場合など)(2)診断書が恐喝や詐欺など不正使用される恐れがある時(3)雇用者や家族など第三者が請求してきた時(4)医学判断が不可能な時.
(3)は患者のプライバシー守秘義務に抵触するからであり,本人ないし承諾権者の承諾がある場合は発行しなくてはならない.
医師が記載しなければならない診断書,医療文書は,死亡診断書(死体検案書),出産証明書を筆頭に,自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書まで含め,公的なものだけでも,実に五十種以上に及ぶ.
この他に,民間保険会社の商品である医療保険,疾病保険(がん保険その他の三大生活習慣病保険など),介護保険などの証明書類があり,その数は年々増加し,記載内容も詳細化している.また,同じカテゴリーに入る診断書でも,各生命保険会社間で書式や様式が異なり,さらに同一患者が異なった保険会社の数枚の診断書発行を求めてくることもまれでない.
これらの診断書,証明書の発行業務が,医師,特に病院勤務医にとって多大な負担となっていることは,勤務医対象に各都道府県医師会が実施した,勤務医の労働実態調査の結果から明らかである.
診断書発行業務にかかる負担の軽減策
勤務医不足が社会問題化してきたこともあり,国もようやく勤務医の仕事の相当量を占める文書作成業務を軽減させる対策に乗り出した.これまで,診断書,診療録および処方箋は,診療した医師に作成義務があり,作成責任は医師が負うこととされていたが,平成二十年度診療報酬改定で新設された医師事務作業補助体制加算の施行基準のなかで,医師の指示があれば事務職員が医師の補助者として記載を代行してもよいことが明記された.また,日医は,社団法人生命保険協会(生保協会)が開発した診断書の機械印字化ソフトの普及事業を支持することにした.
もともと日医は,保険会社に対して診断書様式の統一を要望してきたが,実現されずにいた.しかし,その後,保険会社による医療関係保険金の大規模な不払い問題が起こり,その原因が,「医師が作成した診断書が正確に読めない」「記入漏れがある」など,診断書記載に起因するものであることが分かったため,生保協会はさまざまな診断書を,簡単に,システム作成・印刷可能なソフトを開発し,販売を始めた.このソフトは,公費保障関連診断書,自賠責経過診断書,民間医療保険診断書など五百八十六様式に対応可能である.
このように,このソフトは,保険会社側の都合で作られたものであるが,実際に使用した勤務医の評価では,患者基本情報の記載,同一患者に対する複数診断書の作成,過去に作成した診断書内容の転記などが楽になり,一枚当たりの診断書作成時間も従来の二分の一以下と,勤務医の労働環境改善に資するものであることが分かったため,日医としても,その普及事業を支援していくこととした.ただ,診断書のなかでも,民間医療保険診断書は,詳細な診療情報の記載を求めているものが多く,カルテ照合には,従来と同様の時間を要するため,文書作成業務が大幅に軽減されたとは言い難い.
民間医療保険診断書が抱える諸問題
勤務医が最も負担と感じている医療文書は,がん保険や入院保険など,民間医療保険診断書の類である.病名,診断日,入院期間だけでなく,発症当時の詳しい状況,診断根拠,家族・本人への説明状況など,微に入り細に入る情報提供を求めている.主治医の記憶に残っているうちの発行ならばまだよいが,退院後しばらくしての請求もまれでなく,かかる場合にはカルテ照合だけでも相当な時間を費やす.
これらの情報の一部には,患者が当該医療保険に加入する時点で,保険会社側が詳細に調査すべきだったものも,少なからず含まれている.
つまり,診断書は,患者への保険金支払いのための証明書の側面と,告知義務違反を見付け,不払い理由にするための証明書の二つの側面を持つ.
このように,民間医療保険の義務的診断書記載については,記載者である医師側からすれば納得できない点もあるが,医療問題に詳しい弁護士の解釈は,これまでのところ,社会通念上,記載されなければならないものであることになっている.
しかし,このままでは,勤務医の労働環境はますます悪化するため,医師法第十九条二項の解釈をめぐっては,改めて深い議論が必要なようにも思われる. |