日医ニュース
日医ニュース目次 第1141号(平成21年3月20日)

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わが国の新生児医療における根元的な問題点〜忘れられた「新生児の人権」〜
青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児集中治療管理部部長 網塚貴介

 妊婦の受け入れ困難が社会問題化するなか,NICUの病床不足問題が頻繁に報道されている.NICU増床の必要性のみが叫ばれるが,しかしこれは表層的な議論でしかない.確かに,NICUはどこもほとんど満床で,本来なら現在の一・五倍は必要である.これは間違いないが,わが国の新生児医療は,それ以前のもっと根元的な問題を抱えている.
 NICUは,保険認可され重症児を収容するための集中治療室としての狭義のNICUと,狭義のNICUに回復期病床であるGCU(Growing Care Unit)を加えた病棟(広義のNICU)で構成される.問題はこのGCUにある.NICUはほぼ満床のため,新規入院が入るとNICUのだれかをGCUに押し出すことになる.
 ところが,このGCUは成人同様の一般病床の扱いしか受けていない.GCUにおける夜勤一人当たりの受け持ち患者数は,全国平均で九〜十人と言われており,中には十五人以上の施設も存在する.
 一方,わが国では,例えば,健常児を扱う保育所では,児童福祉法施設最低基準により,一人の保育士が扱う乳児数が三人までと定められている.しかし,病院に入院している新生児に対しては,そのような看護体制を定める制度がまったく存在しない.
 それでは,このような手薄な状況下で,例えばNICUに新規の入院が入るとどうなるか(図).NICUからは,中でもなるべく状態の落ち着いた児が選ばれ,押し出される.しかし,本来はまだNICU内で手厚い看護を受けるはずの児である.
 一般的にNICU不足のため未熟児がNICU内にとどまる期間は,本来認められている期間の半分ほどと言われている.つまり,本当はまだ手厚いケアが必要なのに,極めて手薄なGCUに押し出されてしまうのである.
 また,看護師にとっても多忙を極める.新生児は,通常三時間ごとの授乳が必要である.フライング気味に泣き出す児もいる.そんな時,それでも新規入院への対処で手が取られてしまうと行われるのが,コット上の新生児の横に哺乳瓶を立て掛け,一人で授乳させるいわゆる「一人飲み」である.この「一人飲み」は,新生児医療連絡会のアンケート調査によると,回答施設の過半数で多忙時に行われ得るとの結果であった.
 このような悲惨な状況にまで追い込まれた元凶は,病院に入院中の新生児に対するケアの質を保証すべき法律,言い方を変えると,「新生児の人権」を保護すべき法律が存在しないことにある.つまり,現在起こっている新生児医療における問題は,本を正せば,これまで「新生児の人権」が忘れ去られてきたことに起因していると言っても過言ではない.
 また,このGCUの看護体制を国際的に比較すると,その手薄さが一層明確になる.先進国ではGCUにおける看護師配置は新生児への安全が考慮され,一般的に一人当たり四人までとされており,日本のGCUのような看護体制は先進国ではあり得ない.
 さらに加えると,この「新生児の人権」問題は,GCUだけにはとどまらない.問題なく出生してきた新生児は,産科病棟で母とともにケアを受けるが,このいわゆる正常新生児は,医療機関内でケアを受け,施設には監視義務が課せられ,実質上入院しているにもかかわらず,正式な入院扱いとはならず,専任のスタッフの配置が義務づけられていない.GCUにおける新生児が新生児としての扱いを受けていないとすると,この産科病棟における新生児は「人」としての扱いすら受けていないことになる.
 わが国の新生児医療における諸問題の解決を考える時,この「新生児の人権」と言う課題を決して避けて通るべきではない.これを無視して構築された周産期医療体制など,しょせんは「砂上の楼閣」である.「新生児の人権」に正面から向き合うことこそ,これらの問題解決の糸口になるものと信じている.

勤務医のページ/わが国の新生児医療における根元的な問題点〜忘れられた「新生児の人権」〜/青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児集中治療管理部部長 網塚貴介(図)

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