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第1145号(平成21年5月20日) |
医療クラーク導入は勤務医の過重労働軽減となるか
岩手県立中央病院副院長 望月 泉
医師不足と医師の偏在
岩手県は四国四県に匹敵する広い県土に,二十二県立病院,五診療所があり,九つある二次医療圏の基幹病院として県民の医療を担ってきた.
県立病院全体では常勤医五百三十人が勤務していたが,今年もこの三月で大学人事を除き約一割,五十名ほどの医師が退職し,多くは開業医となる.
面積一平方キロメートル当たりの医師数を医師密度というが,岩手県は〇・一七人で北海道に次いで二番目に少なく,東京都の約一〇〇分の一である.
岩手県では,都会の医師不足とは異なり,医師不足イコール医療不足となっている.診療科の閉鎖は,産婦人科,小児科だけでなく,基幹となる内科,外科にも及び,五つある県立地域診療センターは四月から無床化された.医療の集約化など抜本的な対策が急務となっているが,現状では県立病院から他の県立病院への診療応援で何とか綱渡りをして凌(しの)いでいる.
センター病院である当院からは,二〇〇七年度二千二百三十八件の診療応援を行った.一日七名前後の医師が,それぞれの地域に診療応援を行っている計算となり,留守を守る医師たちの負担も限界に達している.
勤務医の過重労働
未曾有(みぞう)の高齢化社会,医療技術の進歩,高度医療の推進,平均在院日数の短縮,診療録の記載や患者への説明書類の作成,画像検査の予約,入退院サマリーや診断書,保険書類の作成など事務的な作業の増加により,医師の業務量は極めて増大している.
劣悪な勤務環境と過剰労働に耐えかねて開業に向かう中堅医師の増加により,残された医師にますます過剰な負担がかかり,各地で診療科の閉鎖などが起こっている.勤務医の病院離れは進行し,新規開業が大都市圏を中心に集中している.開業の動機は,勤務医の処遇に対する不満とあらゆる束縛からの解放と都会志向であり,収入の増加も期待している.
これまで日本の医療の質は医師の個人的な努力によって支えられてきた.医師や看護師は患者救済,弱者救済という使命感,倫理観を持って,劣悪な環境,安月給にもかかわらず献身的に医療を支えてきた.
最近,医師や看護師の誇りを奪うようなクレームが増加し,勤務意欲を削ぎ,医療崩壊へと向かう大きな要因となっている.個人の努力には限界があり,劣悪な労働環境では職員の満足度の向上は望めず,職員の満足度が上がらなければ,患者の満足度が上がるはずがない.
医療クラークの導入
厚生労働省は,大規模病院勤務医の業務負担軽減を目的に,医師の事務を補助する医療クラークを平成二十年四月から診療報酬の対象にした.
当院は七十五対一で始めることとなり,平成二十年四月,十名の医療クラークを採用した.医療クラークを導入して十カ月後の調査では,各診療科において,以下の事項について勤務軽減が図られたとの結果であった.
文書作成関係では,診断書作成補助,退院証明書作成補助,退院サマリー文書作成補助,紹介状の返書の手配・宛名書き等作成補助など.医師が検査,手術等の同意書の説明と同意取得の際,医師が説明した内容を入力し,プリントアウトし,患者に署名をしてもらう.
DPC入力補助,がん登録・脳卒中登録の登録補助,手術室の麻酔記録原簿の作成,心カテデータ入力など.
各種カンファランスの準備,学会提出に必要なデータベース入力,学会発表用パワーポイント作成補助,検査伝票の整理・カルテへの添付,返却フィルムの管理と返却確認などが挙げられた.
実際,勤務医の労働時間が減少したかどうかは不明であるが,看護師の業務は整理でき,医師は診療に集中する時間が長くなったように感じる.
現在,医療クラークに国家資格は設けられていないが,研修体制を強化することにより,医師と患者とのパイプ役としての役割を期待したい.インフォームド・コンセントの際同席し,患者の理解度を補足したり,患者の疑問や要望を医師に伝える役目も期待される.
おわりに
国民が医療に求めていることは,安全で質の高い医療であり,医療の平等性(どこでも,だれでも,診てもらえること)であり,医療費の抑制(安価でかかれること)である.この三点を同時に実現することは不可能である.医療はサービス業ではなく,必要な医療を求める行為は,商品を求める消費者行為とは根本的に異なる.
医療者には,奉仕の精神と慈悲の心,良心的誠意が根本にある.ノーブレスオブリージュは,地位や身分に相応した重い責務,義務という意味の仏語であるが,志を高く地域医療を支えているのは,この精神である.医師である限り,地域医療を守るために頑張りたい.
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