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第1149号(平成21年7月20日) |
医療崩壊は誰が食い止めるのか?
大田原赤十字病院副院長 阿久津郁夫
二〇〇八年九月,私の五十歳のスタートは,リーマンブラザースの上場廃止というショッキングな事件で始まった.引き続く世界的金融危機,わが国も百年に一度の経済危機と言われているが,医療界ではとっくに寒風吹き荒れていた.
私は,大学から栃木県の地域中核病院に派遣され,十五年が経った.その間,芳賀赤十字病院(四百十床:二〇〇五年三月に内科医十三人から,四月六人,十月二人に減少),塩谷総合病院(三百床:一九九九年三十五人の常勤医が二〇〇八年は十二人に減少)と,二つの地域中核病院の崩壊を目の当たりにしてきた.県内には八百人超の勤務医が地域中核病院で働いているが,四年で二回もそれを経験した医師はさすがに希少らしい.やむにやまれず病院を去る際に,自分の診てきた患者さん一人ひとりを思い浮かべ涙ぐみつつ紹介状を書く仕事は,二度としたくないし,後輩医師にもさせたくない.
県内では,日光市の旧珪肺労災病院が二〇〇五年度末で廃院し,二〇〇六年四月から獨協医科大学の付属病院として継続した例,佐野市民病院が二〇〇七年四月に民間に移譲された例など,地域医療崩壊はとどまるところを知らない.理由は各病院で異なるが,医師不足(派遣元の撤退)・看護師不足,弱い経営基盤,職員人件費負担増,国の再編計画などで,少なくとも放漫経営という理由ではない.各病院とも多額の税金を投入し,移譲等で何とか継続されてはいるが,引き受け側の経営収支が好調という話もあまり聞かない.
不況でも教育,福祉,医療への手抜きは困る.医療機関を集約化して医師を集め,効率化を図ろうという意見もあるが,各病院の経営母体も異なり困難である.この国の医療政策をいつ誰がリモデリングするのか.医師会も行政も強いリーダーシップをとるべきである.
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