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第1153号(平成21年9月20日) |
市民とともに取り組む地域の医療再生
千葉県立東金病院長 平井愛山
今,地域の医療は存亡の岐路に立たされている.平成十六年度からの新医師臨床研修制度の導入を契機に全国レベルで医師不足,特に病院勤務医の不足問題が起こり,地域の救急医療体制が維持出来なくなり,また内科,産婦人科,小児科などの診療停止が避けられず,『医療崩壊』とも呼ばれる大変厳しい状況になっている.
この地域医療崩壊の本質は,地域最前線の病院で,過酷な就労環境の下,ぎりぎり少ない人数で多くの業務をこなし,何とか地域医療を支えてきた,中堅クラスの病院勤務医の心の支えがぽっきりと折れたことである.これまで,地域の病院を支えてきたのは,この中堅クラスの医師の使命感であった.
地域住民の方々には,この点を十分に認識してもらい,医療関係者と協働して,自分たちの地域の医療再生に取り組むことが求められている.
地域医療崩壊をもたらした二つの要因
地域医療の崩壊の要因のひとつが,平成十六年度から導入された臨床研修制度必修化を契機に急激に進んだ,医師の供給システムの激変である.この新医師臨床研修制度の導入により,地域の病院から大学病院への医師引き上げが始まり,多くの地域病院の崩壊につながった.
一方,地域病院からの勤務医の大量辞職の重要な背景として,地域病院の医師不足が深刻化するとともに,明らかになってきた問題が,モンスターペイシェントやコンビニ感覚での受診に代表される医師・患者の関係性の崩壊である.勤務医不足で過重労働になっているところに,このような患者とのトラブルや時間外の軽症患者の対応に追われる結果,医師の疲弊がさらに進み,病院を辞めるという悪循環に陥った.
今後,地域の医療再生を進めるためには,まず病院勤務医の不足問題というものは,実は表現形に過ぎず,単に医師が不足した病院に医師を招聘すれば解決するというような単純なものでないことを,地域住民の皆さんにはぜひ知ってもらいたい.
また,今後は大学病院の医局からの医師派遣は,一部の診療科を除いてこれまでのようには,期待出来ない.そのため,「地域の医療を支える医師は,地域ぐるみで,地域で育てる」ということを,医療関係者のみならず,広く地域住民が共通の認識として持つことが重要である.
病院関係者は,これからは「地域の病院で医師を育てる」時代になったことを自覚し,自ら臨床研修病院として,これまでの診療機能に加え,教育機能を充実させることが地域病院として生き残る必須の要件であるという覚悟をもってことに臨んで欲しい.
また,行政当局には,こうした時代背景を的確に理解し,地域として教育能力を上げ,キャリアパスを提供していくことが,地域医療の充実の前提であることを理解したうえで,医療機関とスクラムを組み,全力で取り組むことが求められる.
地域医療再生に不可欠な市民との協働
こうした行政や医療機関の取り組みと並行して,医療再生に向けた市民レベルでの取り組みが全国各地でみられるようになった.そうした取り組みに共通する点は,崩壊した医師・患者関係の再生であることが大変重要である.
ここでは,最近注目されている地域住民による新たな市民参加型の二つの取り組みを紹介する.
一つは,地域住民が,コンビニ医療を自ら避けることにより,中核病院の医師を疲弊させない,言わば「市民が地域病院の医師を支え守る」取り組みである.兵庫県丹波市にある「県立柏原病院の小児科を守る会」(『守る会』と略)が行っている活動で,住民がコンビニ医療の自粛を呼びかけるというものである.このように明確なメッセージを市民が自ら発信したのは,全国で初めてであり,「地域の病院の医師を守り,支える取り組み」として大変意義が大きい.実際,この市民活動が高く評価され,県立柏原病院では,小児科医が増え,今後の動向が注目される.
もう一つは,医師・患者間の関係性の改善で大変重要と考えられるコミュニケーションスキルの向上に,市民が「医師育成サポーター」として参加する取り組みである.当院が位置する千葉県山武地域の住民が立ち上げたNPO法人地域医療を育てる会(藤本晴枝理事長:『育てる会』と略)が二年前から開始している.これまでの研修記録は,同会のホームページ(http://iryou-sodateru.com/)上に公開されている.現在までに,二十八回の研修会を行ってきたが,この研修プログラムには,医師のコミュニケーションスキル向上に加えて,さまざまな効用があることが分かってきた.研修の場が,病気予防のための啓発活動の場となること,市民と医師の関係作りに役立つこと,および市民が,過去に医療に関わる中で受けた心の傷を癒される機会が得られること等である.
今後は,地域病院に勤務する医師の士気向上とともに,地域で医師を育てる意識を地域住民に根付かせる効果も期待される.
また,『守る会』と『育てる会』は,最近共同企画で,親子で楽しむ地域医療の絵本「くませんせいのSOS」を作成し,ネット配信を行っている.コンビニ感覚での受診を控えて,勤務医の疲弊を避けようというこれまでの取り組みを絵本にしたもので,地域医療再生の画期的な取り組みとして高く評価される.
当院では,こうした市民との協働により,「地域で医師を育てる」一連の取り組みを行い,平成十八年九月には二名にまで減少した内科医が,平成二十一年八月には十二名にまで回復した.地域の医療再生には,市民との協働の取り組みが不可欠である.
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