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第1159号(平成21年12月20日) |
座談会(第3回 7月3日開催)
「勤務医が安心して医療を続けられるために」をテーマに
医療の質・安全について
池田 医療の質と安全の問題についてのお考えを少し聞かせてください.
黒木 私の病院は医療安全推進室にリスクマネジャーがいて,そこにインシデント等が全て上がってくるようになっています.それをきちんと判断・分析して,実際に対策があれば全部現場にフィードバックしていくというシステムは出来上がっています.
また,医療安全全国共同行動の「転倒・転落防止部門」の支援病院として,参画しています.安全に関しては,情報がそれぞれの病院の中だけに留まっていて,各病院の対策等の情報共有がまだ足りないと思います.
多賀 私の病院もリスクマネジャーを置いています.本来ならばリスクマネジャーには強い権限があるはずなのですが,看護師が行っていることもあり,うまくいかないことがあります.そういう点では,改善の余地はあると思います.
知花 医療は不確実性を含有する行為ですから,とにかくリスクを一つひとつ排除してベストな方法で安全に行うべきだと思います.しかし,今の勤務医の状態では雑務が多すぎて,アドバイスに耳を傾ける時間や余裕がないのも事実です.
そういう意味では医療も安全性を高めるために,勤務のシフトなどにより,十分な時間を取れるようになるとありがたいと思います.
小林 リスクマネジメントに関しては,完全に外部に委託するのがいいと考えます.医療の質を考えるとき,一般的には非常識な「現場の常識」があります.「四十八時間以上の連続勤務」「無償当直」は,先輩上級医に「昔からそうだった」と言われれば,現場の常識としか言えません.
磯和 私の病院にも安全推進室があり,医師のインシデントレポートは,よほどのことがないと出てきませんが,看護師は細かいことまで報告してきます.そのレポートについて,毎月会議をして院内や会議等で発表したりしています.
システム面ではかなり管理されていますが,医師の過重労働に関してはある意味タブーとされています.どの病院でも同じだと思うのですが,労働基準局の言っていることを遵守しようとすると,今の病院は経営が成り立たないし,医師をかなり増やさないと無理だと思います.ですから,そういう意味での外部の監査というのは現実的には無理なのではないかと思います.
知花 航空業界のリスクマネジメントはとても先進的な取り組みをしていて,医療界もそれに倣うべきなのではないかと思います.各病院がそれぞれのやり方で行い,日本医療機能評価機構に評価はされていますが,そのレベルは千差万別だと思います.
黒木 航空業界のシステムエラーをあぶり出すやり方は,もちろん考え方としては応用出来ることはあるのですが,責任の追及の方法としては人とモノとでは違うのではないかと考えています.
知花 労働時間も守られず,人も増えず,賃金は上がらずでは,医療の安全は難しいのでないかと思います.
黒木 医療の安全では,医師の過重労働だけが問題に見えていますが,システムエラーというところではまだまだ改善するべきところがあると思います.
当院では診療科ごとに業務フローを描くことが全部長に課されました.だれが,いつ,どう動いているか可視化して,皆でそれを確認するという作業を行いました.システムを可視化することは,医療事故の軽減にもつながるのではないかと思います.
池田 疲れ果てた医師に,重要な判断や手術をしてもらいたい患者さんはいないと思います.医療安全はそこを一番強調するべきだと思います.
医師法第二十一条問題について
池田 医療安全調査委員会の成り行きをどのように考えているか,少しお聞かせください.
多賀 航空業界の問題というのはよく医療に例えられます.例えば,航空業界では,一定時間以上パイロットが運転すると,もうそれ以上するなという業務命令が出るのです.もし医師もそういうふうに何十時間以上連続して勤務したらやめなさいということになれば,医療事故は,かなり防げると思うのです.
私たちが犠牲のノブレス・オブリージュでやっているものに対して目をつぶっている厚生労働省とか,国がお金を出さないということは腹立たしいです.
働かせて,働かせて事故が起こって,医師の刑事罰を問おうという流れをなぜ作るのか,私には分かりません.
磯和 少なくとも,医師法第二十一条で直接警察に届けなければならないという現状よりは良いと思います.
ただ,どういう人たちが委員になるのかということには疑問を感じています.例えば,医療の専門家と言っても,臨床のことがよく分かっておられる先生なら良いのですが,いわゆる後医は名医のような人たちが評価をして,単純に決めつけられるような状況は避けて欲しい.
それから,法曹界からも入ると言われていますが,この委員会が責任追及の場になるのではないかと危惧しています.
黒木 大筋で賛成です.良い流れだと思っています.「医療事故調」がどういうメンバーで,どういう組織なのかということが最も重要だと思います.まずは院内できちんと調査が行われ,それがまた外部審査として第三者の調査委員会できちんと審査されるという二段構えでやる.そこで問題があれば,刑事訴追や行政処分を含めて判断するという流れになることは必要だと思います.
遺族の方は訴えたいのではなく,死因や真相を究明したい.医師も臨床的に死因が分からないケースは結構多いと思います.死亡時にしっかりと死因を究明する医療体制(Aiなど)を整えること,そこにはきちんと診療報酬を付けること.その土台があっての「医療事故調」であり,それで問題があれば,過失を問われ裁かれても良いと思います.
知花 だれが犯人かを探すのではなくて,客観的なレポートが出るのであれば,それは良いのではないかと思います.
剖検などは現実的には難しくて出来ないことが多いのですが,例えば,Aiをどうするかというのは,現実的に全部やるとなると,私の病院の検査室では,少し難しいかなと思いながら聞いていました.
多賀 この委員会は,医療事故や過誤の原因を究明して,その再発を防止するために設置されるものなのに,刑事訴追ありきのような感じで第三次試案が作られているように思います.
故意に人を傷つけたとかそういうものは当然有罪になるべきですが,調査委員会は医療行為を刑事免責にすることを出発点にして,医療事故の再発を防止するためにあるべきです.そういう刑事免責がない段階で,誰からでも調査委員会に投げ込まれると,危険な患者さんは全部ほかのところに回してしまって,むしろ医療事故が増えるのではないかと思います.
黒木 実際に萎縮医療とか,特に外科医の先生たちがやりにくくなるという一面があるかも知れませんが,やはり患者さん側からみると,医療は隠蔽体質があると言われてきているのも事実なので,こういうシステムが出来ることには賛成です.
もちろん,医療では死亡することはあるわけで,医療が委縮しないように,ある程度保護されるような法案は必要でしょう.今回の案はそれに近い内容になっていると思います.
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