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第1169号(平成22年5月20日) |
平成20・21年度勤務医委員会答申(その1)
医師の不足,偏在の是正を図るための方策
─勤務医の労働環境(過重労働)を改善するために─
勤務医委員会(委員長:池田俊彦福岡県医師会副会長)が,会長諮問「医師の不足,偏在の是正を図るための方策─勤務医の労働環境(過重労働)を改善するために─」に対して取りまとめた答申書の概要を,二回に分けて掲載する.
I.医師不足問題概観
一九六一年に制定された国民皆保険制度が,日本の医療の原点と言える.この制度は国民に大きな恩恵をもたらしたが,患者の増大が医師不足を引き起こし,一県一医大構想が実施された.
一方で,一九八二年の第二次臨時行政調査会の答申を受けた厚生省は,一九八五年に医学部の入学定員を削減した.世界各国が高齢化社会と医療高度化を予測して医師数を増やしたが,日本はその抑制に走ったのである.
医師不足は,二〇〇四年の「医師の名義貸し事件」で表面化したが,国が定めた医師定数を病院が守れなかったのは,医師の絶対数不足によるもので,「医師育成を怠った政策の結果」と言える.
OECD加盟国の医師数は,人口千人当たり平均三・一人であるが,日本は二・一人と少ない.日本の医師数は,臨床現場での実働数をカウントしたものではなく,医師の絶対数はさらに少なくなると考えられる.
II.医師不足について
一,医師不足の現状
医療の進歩,急速な高齢化社会の到来,財政問題など医療を取り巻く環境は急速に変化した.国民の権利意識の高揚もあり,安全確保のための手順のコストが増加し,病状説明の時間,文書作成,会議,電子カルテの操作など,医師,特に勤務医の労働環境が悪化していった.
二〇〇四年に導入された新医師臨床研修制度は,医師不足をより顕在化させ,研修先として都市部の病院を選ぶ新人医師が増え,地方の大学病院などの人手不足が深刻になった.時代とともに研修医の考え方が臨床能力主義になってきたことも一因と思われる.大学は市中病院から中堅医師の引き揚げを行い,市中病院では医師不足が生じることとなった.市中病院の労働環境の悪化は,勤務医が燃え尽きて病院を立ち去り,さらに勤務医不足が加速するという悪循環を進行させた.
二,医師不足の原因
医師不足をもたらした直接的要因としては,(一)医療費抑制政策,(二)医学部入学定員数の削減─があり,これらが医療技術の進歩等と相俟って勤務医の過重労働や疲弊を促進した.
間接的要因としては,(一)医療の専門化・細分化,(二)労働に見合わない給与水準や勤務環境,(三)医療訴訟の増加や患者要求(期待度)の高まり─がある.各種の説明文書や同意書,診断書の作成に要する時間は医師の労力を奪い,また,臓器別,疾患別診療体制を要求された結果,相対的医師数不足に拍車が掛かった.
医師不足を顕在化させた要因としては,(一)新医師臨床研修制度,(二)女性医師の労働環境の未整備─がある.結婚・出産・育児等と医師業務とを両立出来ずに,第一線を離脱もしくは医業そのものを辞めざるを得ない女性も多い.
三,医師不足対策
医師不足の根本原因に医療費抑制政策があるからには,財源の確保は必須で,(一)診療報酬の引き上げ,(二)公的財政支援の確保(公立病院の赤字解消,救急医療,産科医療,へき地医療への公的補助,勤務医の就業環境の改善),(三)医学教育に対する公的支出の引き上げ─が求められる.
財源確保が十分になされれば,(1)医師養成数の増員(2)医学教育の見直し(3)勤務医の就業環境の改善(4)女性医師への支援(5)ドクターバンク(6)医療連携の推進(7)医師,コメディカル等の業務分担(8)住民・患者とともに考える取り組み─などの具体的な施策も実行性が高まる.
III.医師偏在について
一,医師偏在の実状
二〇〇六年における医師数の都道府県格差は二・一二倍である.
同一県でも,都市部と地方では,医師数の違いは顕著である.たとえば,岩手県の二次医療圏別に人口千人当たりの医師数を見ると,県庁所在地である盛岡は全国平均を大きく上回っているが地方の二次医療圏は深刻な医師不足である.
財務省が公表した「医師密度指数」は,医師数を各県ごとに「面積当たり」「人口当たり」で算出し,全国平均を「一」とした場合の値を計算.それをさらに「人口九,面積一」で配分したものである.東京都がもっとも大きく,最少の茨城県とは四・五六倍もの差がある.
一九九六年から二〇〇六年までに医師の総数は八・三%増加しているが,診療科によって医師数の増減傾向が大きく異なることが分かる.産婦人科医師数を見ると,一九九六年から二〇〇六年の十年間に一〇・六%減少している.
二,偏在はなぜ起こるか
医師偏在の理由としては,(一)医療需要の増大と国民の医療の質への要求志向を予測出来ず,さらに医師の高齢化等と重なって医師不足が生じ,偏在が顕在化した,(二)アクセス,質をより高く求めながら医療費を抑制した結果として生じた,自己犠牲を強いる医療体制に若手医師が気付き,経済合理性によって移動したため,地域・診療科での偏在が生じた,(三)厳密に過失の有無を追及されるならば,リスクの低い診療科選択に傾く,(四)新医師臨床研修制度の導入により,大学医局離れと当直アルバイト禁止などによる実働人員の減少という副作用が生じた,(五)研修医が診療科の選択をワーク・ライフ・バランスから考えると,よりライフに重点を置いて選択するという価値観の変化がある,(六)過酷な勤務実態を研修医が目の当たりにすれば,そのような病院や診療科は敬遠される,などが考えられる.
三,偏在の是正の方策はあるか
医師総数の増員,総合医や専門医の育成制度の確立,そして医師の適正配置を行う機関の創設等々が,現在,活発に議論されているが,これらが有機的に連動することによって初めて,「医師の偏在」の問題にも解決の道筋が見えてくる.
わが国の医療体制の基本的な構成単位は二次医療圏であり,どのような二次医療圏の体制を確立するかの検討が最も肝要である.これは行政と医師会が中心となり,診療所,各種の病院ならびに地域の基幹病院や大学病院等を巻き込んで,連携,協力してこそ可能な作業になる.
偏在の解決に当たり,もう一つ重要な視点は,医師の自律性が最大限に尊重されることである.強制的な地方勤務の固定化や,興味の持てない診療科の選択を余儀なくするような制度では活力のある医療の発展は望めず,時代への逆行である.
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