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第1245号(平成25年7月20日) |
病院と地域医療の連携“関係者の声を普(あまね)く聴取して”
福岡県医師会常任理事・福岡東医療センター院長 上野道雄
高齢化社会では地域に高齢者が溢(あふ)れ,高齢者の多くは複数の疾病を抱え,往々にして急変する.急性期病院の在院日数は短縮され,高齢者の多くは障害を抱いて地域に帰る.そして,地域に分散した医師,看護職,介護職,セラピストが在宅の高齢者を支えなければならない.
シームレスで安全な医療を提供するためには,従前にも増して,急性期病院と地域医療との緻密(ちみつ)な連携が求められている.
うまく機能していない病院と地域間の情報共有
ところが,病院長になって八年,微(かす)かな不安が次第に膨らんでいる.
トヨタ自動車も資生堂も,全ての企業が消費者の好みや意向を絶えず調査し,企業の最高機密であるマーケットリサーチを基に会社の運営方針を決める.
一方,病院は一部の苦情を申し立てる患者の声を聞く機会は多いが,一般住民の思いや要望をくみ取る機会は少ない.
考えてみると,病院はかかりつけ医の本音を聴取し,かかりつけ医の立場を診療体制に反映しているだろうか.ましてや,地域の看護や介護の職種の認識も定かではなく,その仕組みや役割も承知していない.
病院には医療財源の大半が投入され,医師を始めとするスタッフが患者を常時見守る.そこで得られる生活情報や褥瘡や感染症,がん緩和回診等の病院情報は,高齢者の在宅医療に欠かすことが出来ず,地域では得難いものである.
医師は,従前から退院報告書を地域に送信してきた.地域のかかりつけ医や看護職に話を伺うと,「病院にはいつも感謝しています」に終始する.ところが,酒席や懇親な関係に至ると場面が一変する.かかりつけ医からは,「医師の報告書は診断名と処方箋(せん)だけを見る.看護師の添書の方が役に立つ」との厳しいご指摘も頂いた.
看護師の添書にしても,地域の看護職の評価は高くない.退院報告書は,そもそも入院経過のサマリーであり,在宅医療の指針を念頭に置いて作成したものではない.病院は,病院情報の利用者(かかりつけ医,地域の看護・介護職)の求める情報を知る術もない.
かかりつけ医や地域の看護職も病院からの情報提供への不満の声は大きいが,取りまとめて病院に提言する慣習がなく,その具体的手段も少ない現状である.
更に,医師と看護職,セラピスト間の連携もなく,医師は医師,看護職は看護職,セラピストはセラピストに病院情報を伝達することが多く,情報伝達に齟齬(そご)や漏れが発生しやすい.例えば,褥瘡やMRSA感染症に関する注意事項が漏れ,再燃や悪化を来し,患者の医療不信や苦情を招くこともある.
全ての利用者の立場に沿った情報伝達・共有体制の構築を
病院の膨大で多岐にわたる患者情報の全てを医師が担うことは困難で,電子媒体を使って情報伝達を支援する必要がある.ところが,電子カルテは医師,看護職,セラピストがおのおの入力し,おのおの閲覧する構造で,入力情報を横断的に統合した表示は少ない.電子カルテの根幹は医事会計システムとオーダリングシステムで,最も大事な診療・看護部分は旧来の二号用紙のイメージで格納され,情報の展開も困難である.病院や大学が業務の流れを分析することなく,電子カルテの設計の全てをIT業者に一任した結果と思われる.従って,病院・地域間の情報共有システムと期待された「あじさいネット」も所期の目的を十分に達成しているとは言えない.医療界が添書から電子カルテまで,利用者の要望を調査せず,慣習に任せたことに尽きると思われる.
医療者から地域住民に至る利用者の声を普(あまね)く聴取し,全ての利用者の立場に沿った情報伝達・共有体制を構築する必要がある.一病院の立場を越え,広い視野で普く機能する体制を構築出来るのは医師会以外にないと思われる.
公的病院の医師として,医師会の一員として,病院と地域との医療連携構築の一端に参加させて頂きたいものである.
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