第1296号（平成27年9月5日）

愛知県　名古屋医報　第1395号より
え？　タイムマシンがブラックホールに!?
岩山　範久

　PCが起動できない……HDのクラッシュ？　スタッフの給料計算はどうしよう。保存してあった研究や発表の原稿は？　それより、「うるさい」としかもう言わなくなってしまった息子達が、まだ自分と遊んでくれていた頃の懐かしい写真やビデオが見られなくなるかも。
　冷や汗を流しながらも、合わせてこんな思いが続く。「こんな時のために“タイムマシン（バックアップソフト）”でバックアップしてあったから大丈夫。復元の経験は初めてだから、かえってワクワクするかも」。
　修理が終わって、復元作業に入ると、え？　できない……慌ててメーカーに問い合わせたところ、ソフトのバグでバックアップが全くできていなかったことが分かった。彼の表現を借りれば、バックアップのための入り口はあったのに、中身が全くなかったとのこと。
　何年にもわたり毎月してきたバックアップ作業、それは入り口だけのブラックホールにせっせと大事なものを放り込んでいたことに等しかったのである。自分のミスでもないのに、こんな説明で片付けられてしまう理不尽さを感じつつ、まだ可愛かった頃の子ども達に二度と会えなくなってしまった、耐え難い喪失感を前に文句の一つも出なかった。
　PCというブラックボックスを信頼し切って、はめられてしまった自分の浅はかさとやるせなさ。
　実は、子ども達の写真もビデオももう何年もわざわざ見たことはなく、いつでも見られるからという安心感があっただけだった。失って初めて、その大切さを痛感する掛け替えのない物は他にもあるだろう。家族も故郷も健康もしかり。意識していない幸福感の前提というものを思い知らされた。
　後日談だが、ベッドの下に埃（ほこり）まみれのHDを偶然発見。“タイムマシン”導入前のファイルが中にあって、子ども達とのハワイ旅行もイタリア旅行も全部が復元できた。
　その時のうれしさと言ったら。確認のために“ちらっ”と見ただけで、やっぱりまた保存するだけになってしまったけど。