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第1298号(平成27年10月5日) |
福岡県 北九州市医報 第690号より
私の昼休み
田中 裕
2013年の秋、青空があまりに美しかったので、昼休みに診療所の近くの遊歩道に散歩に出かけた。歩いて15分の所にある貯水池だ。池の周りに遊歩道があり、樹木の生い茂った場所もある。そこは、野鳥の鳴き声でいっぱいだった。
数分歩いた時、前方の小枝に小鳥が止まっていた。特徴のある頭、カワセミだ。更に歩いて行くと、歩く先に、次々と小鳥達が姿を現し、近付くと、ヒョイと樹木の中に身を移す。ヤマバトまで出てきた。しばらくウロウロしたかったが、午後の診療があるので、その日は帰った。
うちの患者さんの中に、この遊歩道でウォーキングをしている人が結構いた。カワセミのことを問うと、「いるよ」という返事だった。また、「あそこの鳥は、あんまり逃げんね」と言う人もいた。
その後、この貯水池通いが病みつきになった。午前の診療が終わると昼食もとらずに池に向かった。
雨の日も、傘を差して通った。セキレイが、ウグイスが、私を迎えてくれた。お出迎えの中に、夕張メロン色、オレンジ色の胴体の小鳥がいた。ヤマガラだった。この鳥は、とりわけ人懐こかった。よく私の期待に応えて姿を見せてくれた。
通い始めの頃は、入口近くの、見通しのよい広場で送迎してくれた。しばらく通うと、樹林の中でも姿を現すようになった。柵の上にチョコンと止まって、近付くと、近くの木にヒョイと身を移した。更に通うと、頭上の木の枝ではあったが逃げなくなった。
しかし、楽しい日々が終わる日が来た。いつもの場所に近付くと、ヤマガラは柵の上に止まって待っていた。いつものように歩を進めた。だが、その日はヤマガラは移動しなかった。2メートルも離れていない柵の上に止まって、私をじっと見たままだ。私は、歩みを止めずに傍を通り抜け、後ずさりで歩を進めた。
折り返し点まで行っての帰り道、さっきの場所に戻ってきた。ヤマガラがいない。「なんだ、お見送りはなしかよー」と内心がっかりしながら、私は頭上をきょろきょろ見ていた。いつの間にか、柵のそばに立っていた。ふと、下を見た。ヤマガラは、柵に止まっていた。思いも掛けないヤマガラの近さに、私はびっくりした。「わあっ!!」と声まで出してしまった。ヤマガラもびっくりして、パニック状態で飛んでいった。終わった。その後も通ったが、しばらく怒ったような鳴き声は聞こえたが、ヤマガラは二度と姿は見せなかった。
春が来た。遊歩道の桜は美しい。若葉も美しいが、木洩れ日、池面からの反射光も加わり更に美しい。夏は暑さもあり、行っていない。
また、秋が来た。お昼休みの散歩を再開した。紅葉がきれいだ。島の鳴き声はするが、姿は見えない。通ううちにちらほら鳥が姿を見せるようになった。
遊歩道の帰り口間際、鳥が目の前を横切った。頭上を見上げると、2羽、枝に止まっていた。1羽の姿ははっきり見えた。夕張メロン色の胴体をしたヤマガラだ。体はスリムで小ぶりだ。昨年、枯葉の中でゴソゴソしている子どものヤマガラを確認していた。たぶん2世だ。私は、後ろ歩きで遊歩道を後にしたが、ヤマガラはその姿が見えなくなるまで樹上にいた。帰り道、私はうれしくてうれしくてたまらなかった。
「帽子の上にチョコン」。親鳥とは叶わなかったが、この若いヤマガラとは実現したいと夢見ている、還暦間近の私である。
(一部省略)
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