日本医師会定例記者会見 10月23・30日
財務省財政制度等審議会財政制度分科会(10月16日開催)において「財政総論」が審議され、令和7年度予算編成に向けた議論が開始されたことを受けて、松本吉郎会長は、「政府の賃上げの意向を無視し、社会保障分野で物価・賃金の伸びを給付に反映すべきでないという議論はミスリードである」と牽制した。
インフレ下における物価・賃金の上昇への対応を
松本会長は、「財政総論」の「物価・賃金の伸びを給付に反映した場合、ますますの保険料率の上昇につながり、現役世代の負担が更に増加(可処分所得が減少)することにも留意が必要」との記載に対し、「物価・賃金の伸びを給付に反映しなければ保険料が上昇しないといった説明は国民に対して不誠実であり、財務省の詭弁(きべん)と言わざるを得ない」と反論。
医療費の増加については、「医療技術の進歩、高額薬剤等医療費の増加部分は、近年、医療費適正化として相殺され、高齢化の分だけしか反映されていない」とし、そのような状況の中で、インフレ下における物価・賃金の上昇という新たな増加要因が加わっていることから、「財務省が示す資料は、インフレ基調に転じた経済状況を踏まえておらず、デフレ下のコストカット型経済を踏襲したものとなっている」と批判した。
政府の賃上げの意向を無視した議論はミスリード
賃上げについては、政府も医療や介護など福祉分野において働く人に必要な対応を図る意向であると強調。「その意向を無視して、財政審で社会保障分野で物価・賃金の伸びを給付に反映すべきでないという資料を提出し、議論を行うことはミスリードと言わざるを得ず、極めて遺憾」と不快感を示した。
更に松本会長は、2012年からの約12年間における全産業と医療業の賃金の伸びの比較を示し、「全産業と比べて医療従事者はむしろ若干下回る水準にある」と指摘(図1)。令和6年春闘の平均賃上げ率とベースアップ評価料による賃上げ率とは2・6%もの差があることを説明した。
その上で、「現在の医療機関の経営状況では、これ以上の賃上げは到底不可能である。このままでは人手不足に拍車が掛かり、国民に適切な医療を提供できなくなってしまう」と懸念を示し、地域医療を守り、地方経済を活性化するためにも、必要な賃上げを行い、医療従事者を確保していくことが不可欠であると訴えた。
昨今の物価・賃金の急激な上昇により医療機関の経営は限界に
物価上昇に関しては、通信費も値上げされるなど、その影響は広範囲に及んでいるとして、「昨今の物価・賃金の急激な上昇の中、医療機関の経営は限界にきている。わが国はようやく30年にもわたるデフレ経済から脱却し、賃上げの流れができつつあるという極めて重要な局面を迎えているが、こうした流れを医療分野が止めかねない」と懸念を表明。公定価格である医療分野においては、コストアップ分を自由に価格に転嫁できないことにも理解を求めた。
物価高騰・賃上げのインフレ下では、保険料収入も増加する
また、財政審が健保組合を例示していることについては、「医療保険料率がみだりに伸びているかのように恣意(しい)的な見せ方をしている。協会けんぽの平均保険料率は、2012年度から2024年度まで10%に据え置かれており、むしろそちらを例示すべき」と指摘。
2018年の政府予測に比べて、現在の医療保険料率が、はるかに低い水準にとどまっていることは、これまで医療費の過度な抑制が実施されてきた証左だとし、「昨今のような物価高騰・賃上げのインフレ下においては、税収ばかりではなく、保険料収入も増加するが現在の保険料率は2018年の政府予測を約1%下回っている。『可処分所得が減少する』といったように、国民に対して過度な不安をあおるべきではない」との考えを述べた。
更に松本会長は、わが国の税収は2012年度の約44兆円から2023年度の約72兆円へと1・64倍に増え、年平均で4・6%の高い伸びとなっており(図2)、財政審が指摘する医療保険給付費等の伸び(プラス2・4%/年)を大きく上回るばかりでなく、健保組合の保険料収入についても、ここ数年は前年度比で約2・7%の伸びを見せていることにも言及。
こうした財源を、更なる社会保障費、特に医療費へ投入することが、適切な医療を提供する上で欠かせないとした。
今年度の補正予算における医療分野の物価高騰・賃上げへの対応を要望
この他、政府に対しては、石破茂内閣総理大臣が衆院選後に補正予算案を策定する意向を示したことを踏まえ、補助金や診療報酬など、あらゆる選択肢を含めて機動的な対応を講じることを要請。日本医師会としても、石破総理に医療分野の物価高騰・賃上げへの対応を求めた他、加藤勝信財務大臣や福岡資麿厚生労働大臣、与党等にも要望するなどの活動を展開していることを報告した。
松本会長は、「医療機関の経営状況は、コロナ禍以降、患者数が戻らず、さまざまなコロナ補助金が廃止される一方、急激な人件費の増加、食材料費の高騰などによって非常に厳しくなっており、このままでは地域医療が崩壊しかねない」と改めて述べるとともに、引き続き財政審における社会保障等の議論を注視しながら医療界の考えを発信していく姿勢を示した。
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