AIの発展・進化の歴史(1)
オートマタ(自動人形)への憧れ
私たち人類は「世界は、私たちはどのようにできているのか」という問いを探求するなかで、知識や学問を発展させてきました。たとえば哲学においては、死ねば土に還ってしまう人間の肉体のどこに「魂」や「知性」が存在するのか――という問いは、デカルトをはじめとした多くの哲学者たちを悩ませた難題でした。
この関心は、技術的には「オートマタ」(自動人形)の実現を目指すという形で表れ、ゼンマイ式時計やオルゴールの発明へとつながっていきます。特定の動作をシミュレートするこれらの機械が普及するにつれて、動作のみにとどまらず、人間の思考そのものをシミュレートすることに対する関心も高まっていきました。18世紀後半のヨーロッパでは、俗に「トルコ人」と呼ばれるチェスを指す機械が脚光を浴び、ナポレオンを含む多くの著名人を盤上で打ち負かしました。しかし実際には、機械の中に巧妙に隠れていたチェスの名人が操作していたことがわかっています。この時点では、機械が人間の思考をシミュレートすることはできなかったのです。
AIの萌芽
近代になると、キリスト教的な世界観において神による被造物とされてきた「人間」もまた、科学の対象として捉えられるようになりました。医学においても、実証主義的な研究によって人体に関する知識のレベルは飛躍的に向上しました。そして、哲学の世界でも「認識論」の登場により、私たち人間の思考そのものについての探求が始まりました。
17世紀にパスカルやライプニッツが作った「機械式計算機」は、計算という私たちの思考の一部分を切り取ってデジタルに再現するという意味で、人工知能実現に向けた第一歩だったと言えるでしょう。その後、19世紀には数学者バベッジは「解析機関」と呼ばれる蒸気機関で動く機械式コンピューターを設計し、プログラム言語の基礎を作りました。その後20世紀に入ると、演算装置と記憶装置によって構成されるコンピューターが発明され、20世紀後半からは半導体の性能向上や小型化が急速に進んだことで、機械(コンピューター)の演算能力は飛躍的に向上しました。
コンピューターは、所与のルールのもと、用意されたゴールに向けた解を探索するという「推論と探索」を行うことができ、その振る舞いは人間の目に「知的」に映りました。1947年にはチューリングが現在の人工知能に相当する概念を提唱し、1956年には初めて"Artificial Intelligence(人工知能)"という言葉が使用され、研究分野として確立します。しかし当時の人工知能は現実の複雑な問題を処理することができず、「電車の経路探索」や「ボードゲーム(チェス・将棋)」、「代数の問題」などの領域で能力を発揮するにとどまり、人工知能研究は冬の時代を迎えます。
参考:日本医師会学術推進会議 第Ⅸ次 学術推進会議報告書「人工知能(AI)と医療」(2018年6月) p.2-11
トルコ人の実演風景
ヨーゼフ・ラックニッツ
右下にある空間にチェスの名人が身体を折り曲げてひそみ、盤上の駒を遠隔操作していました。
AIの発展・進化の歴史(2)
エキスパートシステムの開発と限界
1980年代に入ると、「エキスパートシステム」という新たなアプローチに注目が集まり、第二次人工知能ブームが起こります。限られた盤面のマス目で、限られた駒を動かすチェスのような領域でも、手当たり次第に最適解の「推論と探索」を行うアプローチでは膨大な処理が発生します。チェスが強い人が、脳内でこのような情報処理を行っていないことは明らかでした。そこで、演算能力のみならず、専門家の知識をコンピューターに持たせる必要があると考えられるようになります。そこで開発されたのが、卓越したナレッジベースを持つ「エキスパートシステム」でした。
1997年には、エキスパートシステムを搭載したIBM社の人工知能「ディープブルー」がチェスの世界チャンピオンを破ったことで、人工知能が人間の能力を超えることへの期待も高まります。医療の分野でも、例えば1972年には感染症の診断を行う“MYCIN”が開発されました。このプログラムは、実際の症例における診断精度が65%と優れていたことから、アルゴリズムをより洗練すれば、様々な領域で精度の高い診断ができるのではないかとの期待が高まり、医療のエキスパートシステムに関して多くの研究開発がなされました。しかし、当時はコンピューターの性能が貧弱だったこと、そしてプログラムが学習機能を備えていない(予め組み込まれた知識を発展させたり、自ら情報を収集したりできない)ため、ユーザー(人間)がプログラムの診断パターンを覚えてしまい、プログラムを使う価値がなくなってしまうという問題も生じました。
このように、「機械自らが学習することができない」というエキスパートシステムの限界が認識されると、人工知能ブームも再び下火になりました。
AIの発展・進化の歴史(3)
機械が自ら学習する
21世紀に入ると、集積回路のさらなる性能向上や、分散型コンピューティングの活用によって計算能力は飛躍的に向上しました。また、実世界の莫大なデータから、プログラムが自ら学習する「機械学習」が実用化したことにより、人工知能の研究開発は新たな展開を迎えます。
例えばエキスパートシステムの時代には、チェスに比べて複雑な計算を要する将棋は、アマチュアの高段者レベルにとどまっていました。しかし、歴代のプロ棋士が積み上げてきた膨大な棋譜データを読み込み、局面の評価を人工知能自らが行う仕組みを導入したことにより、将棋ソフトは一気に人間のトップ棋士の水準まで強くなりました。
そして、人工知能自身にデータの特徴を見出させる「ディープラーニング」の登場により、画像と概念を結びつける「画像認識」の分野でブレイクスルーが起こります。それまで機械には難しいとされていた数値化が難しい曖昧な領域でも、大量の画像データを読み込んで比較することによって、精度の高い判断ができるようになったのです。様々な動物の写真の中から、猫の写真だけを選び出すというのは、以前の人工知能にとっては非常に難しい課題でしたが、いまやディープラーニングによって「猫」や「犬」や「人」を見分ける力を得たのです。
ビッグデータ時代の到来
ディープラーニングの力を得た人工知能に必要なのは、考える「基準」を見出すためのデータです。以前のシステムでは、人間がデータを解釈し、考え方や動作を設計した上でプログラムを作る必要がありましたが、ディープラーニングにおいてはデータの解釈も機械自身が行うことができます。必要なのは莫大なデータであり、データ量が多ければ多いほど、そこから見出される法則や判断基準の精度は上がります。
こうして人工知能開発の最前線は、ビッグデータの収集と活用というフィールドに移ってきました。インターネット上で様々なサービスが無料で提供されているのも、そこで得られる膨大なデータが人工知能をさらに発展させ、新たな価値を産むと考えられているからです。皆さんもネットショップで「おすすめの商品」を提案されたり、検索エンジンを使って調べた事柄に関連する広告が表示された経験があると思いますが、これらも膨大なデータをもとに人工知能が私たちの好みや行動の傾向を判断した結果なのです。
そして、医療分野にもこのデータ集積の波は押し寄せてきています。これまで、医療にまつわるデータは、医師や研究者によって集積されてきました。しかし今は、多くのIT企業が先を争うように医療や健康分野に参入し、利用者自らが提供できる情報を皮切りに、ウェアラブル端末を使ったリアルタイムの生体情報の収集など、日常的・無意識的にデータを集積する流れが進んでいます。さらに、民間企業が安価に「遺伝子診断」などのサービスを行う例もあり、「医療」の枠の外側で遺伝子・ゲノムの情報が大量に集められています。このような動きが進めば、医師や専門家が介在しないまま、医療健康分野にまつわるサービスが乱立する可能性もあるでしょう。
既に人工知能やビックデータの時代は到来しています。そのことを踏まえて、医療にまつわるビックデータを扱う際の倫理的・法的・社会的課題を検討し、体制整備・ルール作りを図っていかなければならないのです。
テュルプ博士の解剖学講義
レンブラント・ファン・レイン
解剖された刑死体を用いて博士が講義しています。洋の東西こそ違いますが、見学者のなかに杉田玄白や前野良沢の顔を想像してみるのも面白いかもしれません。
AIの発展・進化の歴史(4)
強いAIの時代に備えて*
ここまで紹介してきた、そして現在も開発が進んでいる人工知能の多くは、「弱いAI」と呼ばれるもので、人間が知能を使って行う特定のことを代行するに過ぎません。乗り換え案内のシステム、チェス・将棋・囲碁などのボードゲームに始まり、近年は自律的に動く掃除ロボットや、自動車の自動運転システムなども開発されていますが、これらも機能特化型の「弱いAI」であることに変わりはありません。
これに対して、まさに人間のように会話し、様々な状況に応じて適切な行動をとれる――例えば鉄腕アトムやドラえもん――人工知能は「強いAI」と呼ばれます。医師・医療者の役割を本当の意味で代替する可能性があるのは「強いAI」でしょうが、その実現にはまだ時間がかかるでしょう。
私たちには、特定の分野で人間の活動をサポートする「弱いAI」と協働するなかで、いずれ来るであろう「強いAI」とどう付き合っていくのか、そのためにどんなルールやシステムを作っていくかについて合意形成をする若干の時間の猶予が与えられているとも言えます。その間に、私たちは年齢や分野を問わず、迫り来る変化にどのように対応していくかを考える必要があるのです。
*参考:日本医師会学術推進会議 第Ⅸ次 学術推進会議報告書「人工知能(AI)と医療」(2018年6月) p.3
聖母子像
人工知能
ルネサンス期の絵画・様々な肖像画や肖像写真など数十枚を学習した人工知能が、聖母子像をモチーフにして描いたものです。聖母子像の大まかな構図は見て取れますが、人間の顔などの精緻で重要な部分が混沌としてしまっています。顔認証などの「読み取り」の精度は上がっていますが、人の顔を描くということは人工知能にはかなり難しいことのようです。
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