医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師の基本的責務】A-3.医学生に対する医の倫理教育の現状とそのあり方
木戸 浩一郎(帝京大学医学部産婦人科准教授)
師の役割としては、病める者の癒し手(healer)と人体の専門家(professional)とに大別される。それぞれに応じての倫理が求められるといえよう。
1980年頃までは倫理教育が系統的に行われることは少なかった。入学当初の低学年で実施される医学概論でヒポクラテスの誓いや、Osler教授などの歴史的・逸話的な講義が導入となり、その後、学年が進むにつれ各科目の講義や臨床実習の一環として随伴する形で個別的、暗黙知的で不均一な教育が医学倫理に関して行われていた。
1980年代に欧米に端を発した、行動科学に基づいた医学教育のアウトカム/コンピテンシー基盤型教育の導入に伴い、医の倫理教育も明示的に実施されるようになり、評価方法も変わってきた。 一般目標、行動目標と階層的な学習目標が設定され、それに対する教育方略と評価とがセットされるようになった。
具体的には受動的な座学・講義・見学から学習者の能動的な参加が必要となる問題基盤型教育、チーム基盤教育、専門職連携教育へと移行し、評価も筆記試験主体からレポート・発表やルーブリックを用いたポートフォリオによる自己評価へと移行しつつある。医学概論から科目としても独立し、医療倫理、医療プロフェッショナリズム、生命倫理などという名称になった。
一例を挙げると、医師および医学研究者に相応しい倫理的態度について説明し、演じられる、という個別行動目標に対して、模擬患者と治療方針について面談している医師のロールプレイをみて、学習者が少人数グループに分かれ、良き医師に必要な要素について討論し、各グループで討論内容を発表して、自己評価・相互評価するという例がある。
具体的なシナリオは、現場からのアイデアをもとに医学教育センター・医学教育学講座などが主体となって策定し、卒前教育から卒後研修へと継続する医学教育の一環として低学年から体系的に医の倫理が学べるよう実施されている。内容も個別の患者に向き合う臨床医として求められる基本的な資質・能力の一部としての、狭い意味での医の倫理・生命倫理と、臨床研究・治験などにかかわる際に社会への責任を果たす専門家として必要とされる医学研究倫理とに大別されるようになってきている。
モデル・コア・カリキュラム改訂に関する専門研究委員会による「医学教育モデル・コア・カリキュラム 平成28年度改訂版 」では、医師として求められる基本的な資質・能力の項目として、プロフェッショナリズム、医の倫理・生命倫理、そして社会と医学・医療という項目として、医学研究倫理、倫理規範と実践倫理とに分かれている。
直近の「平成30年版医師国家試験出題基準」には医師のプロフェッショナリズム、医師の職業倫理指針、社会と医療医学研究と倫理、臨床試験・治験と倫理性が項目に明記され、出題にも反映されることがうかがわれ、普及が図られている。
海外へ目を向けると、「世界医学教育連盟(WFME)グローバルスタンダード2015年版」では医学部における倫理教育は、医療倫理学として、行動科学、社会医学、医療法学とともに基本的水準としてカリキュラムを定め実践しなければならないと記載されており、不可欠な基本的項目とされている。同基準に準拠した「医学教育分野別評価基準日本版 Ver.2.2」にも「医療において医師の行為や判断上の価値観、権利および責務などの倫理的な課題を取り扱う際には、適切な情報通信技術を有効かつ倫理面に配慮して活用し、それを評価する方針を策定して履行しなければならない」と記載され、グローバルに医師として活躍するためには必須の項目となっている。今後、世界的な医師の卒前教育として標準化が図られる可能性が高いと思われる。
卒業後の各科の専門医取得・更新や臨床研究・治験の審査などおいては倫理講習の受講、CITI(Collaborative Institutional Training Initiative)Japanなどのe-ラーニング履修が不可欠となっているため、卒前から卒後、生涯にわたる継続的な明示的な倫理教育の必要性はますます高まっているといえる。
さらに、近年ではゲノム医療も浸透してきており、実施時点では患者個人や血縁者にとっての意義がはっきりしない情報の開示をどうすべきか、この情報の保管を行う際の倫理的判断基準とはいかなるものかといった新たな問題も登場している。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】