医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-9.医師の応招義務

村田 真一(兼子・岩松法律事務所・弁護士)


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 医師法19条1項の規定する応招義務は、医師が医師の身分に基づき国家に対して負担する公法上の義務で、私法上患者に対して負担する義務ではないと解されている。同種の規定は、歯科医師法19条、薬剤師法21条、獣医師法19条にも存する。明治13年制定の旧刑法427条9号に、「医師穏婆(注:現在の助産師)故ナクシテ急病人ノ招キニ応セサル者」は、「一日以上三日以下ノ拘留ニ処シ又ハ二十銭以上一円二十五銭以下ノ科料ニ処ス」という条文がすでに存在していた。その後、昭和17年の国民医療法9条1項を経て、昭和23年制定の現行医師法に引き継がれた。医師法制定の際、本条削除が検討されたが、医師職務の公共性から残しておくべきとの意見が強く、現在の形で残されたが、罰則規定は削除された。

 医師法19条1項の「正当な事由」については、昭和24年9月10日付の厚生省(現厚生労働省)通達が存在し、「医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない」とされている。また、昭和30年8月1日付厚生省通達では、「正当な事由」が認められるのは、「医師の不在または病気等により、事実上不可能な場合」とされている。このように、厚生省は「正当な事由」をきわめて限定的に解釈してきた。

 「正当な事由」に該当しうる事例として、上記の医師の不在または病気のほか、専門外であること、別の患者を診療中であること、設備がないこと等が、他方、「正当な事由」に該当しないものとして、診療報酬不払い、時間外であること等が挙げられることがある。

 事案に応じて具体的事情は異なるので、具体的事案における医師側の事情、患者側の事情、医療環境といった諸般の事情を総合考慮して、「正当な事由」の有無が判断されるべきものと思われる。

 この点、日本医師会の「医師の職業倫理指針(第3版)」の「2.医師と患者(8)応招義務」では、専門外診療と時間外診療につき、「診療時間外でも診療可能な場合には、できるだけ診療を引き受けることが相当である」、「専門医が不在で緊急性のない場合には、専門医のいる施設への受診を勧めるべきである」が「緊急性のある場合には、できる限り診療に応じ、専門医不在の折でも、求められれば専門医不在である旨を告げたうえで、救急処置をするべきである」とされている。また、過去の診療費不払いについては、「一般的には拒否すべきではない」としつつ、患者が「常習的に不払いを重ねている」とか、「暴言や暴力的行為を繰り返すなど受療態度が悪い」等、「医師と患者との信頼関係を損なう行動が患者側にみられる場合」には、「正当な理由」が認められるとされており、参考になるであろう。

 一方、アメリカでは、日本とは対照的に、医師も患者を選ぶ権利があると考えられており、アメリカ医師会の医療倫理の原則Ⅵにおいて、「医師は、緊急時を除いて、適切な患者ケアの提供において、患者、協力者、医療を提供する環境を自由に選ぶことができる。」と規定されている。

 日本の応招義務は、医療の主体が個人開業医であった時代を背景に定められたものである。現行医師法が制定された昭和23年以降でも約70年が経過しており、その間、中規模以上の病院が人的・物的施設を充実させ、また、交通手段の発達もあり、全国的な救急医療体制が整備された。このように、わが国において応招義務が定められた当時と現在とでは、社会的背景が大きく異なっていることを考えると、現在においても、医師法における応招義務を維持すべきかどうかについて検討すべき時期が来ているのではないかと思われる。

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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