医の倫理の基礎知識 2018年版
【終末期医療】C-4.リビング・ウィル、DNAR、POLST
岩田 太(上智大学法学部教授)
リビング・ウィル(Living Will;LW)とDNAR(Do Not Attempt Resuscitate)はともに患者の治療拒否に関するものである。前者は本人による意思表明、後者は心肺蘇生措置を求めない患者の希望についての医師の指示という違いがある。POLST(Physician Orders for Life-Sustaining Treatment)は重篤な状態の患者らの意思確認のうえで、最終段階の医療・ケア全般に関する医師の指示文書である。地域により名称や射程に差があるが、いずれも自ら意思表明ができなくなった人生の最終段階における医療やケアに関する本人の希望を尊重するための手法である。望まない過度な治療の抑制を念頭に置いた本人単独による意思表明の文書など形式重視から、徐々に医療やケア全体についての患者・家族とケア・チームとの相互対話や柔軟性・簡潔さを重視する形へと変化してきた。まさに患者中心の医療・ケア実現のための不断の努力の一環である。
医療の急速な発展により単に生命の延長だけが自己目的化したような状況が生まれたなかで、LWはより安らかに死を迎えたいとの患者の希望を叶えるために全米に広がった。死に至る場合でも患者ないしその代行判断者が治療を受けるかどうかの最終決定権を持つことを認めたカレン・クインラン事件(ニュー・ジャージー州最高裁)の直後に成立した1976年の米カリフォルニア州の自然死法(Natural Death Act)でLWが初めて明文化された。終末期または永続的な意識不明状態にある成人患者本人が、心肺蘇生や人工呼吸器などの救命措置を望まない希望を明示する文書に法的な拘束力を与えた。しかし現実の多様な臨床場面ではLW通りには適用しづらい、多くがLWをもとうとしない、など根本的な問題点が明らかとなってきたため、80年代半ばからは、意思表明不能の場合に信頼できる家族友人に判断を委ねる持続的代理権法などの代替的な取組みが模索されてきた。なお法的効力の点で異なるが、LWを推進する日本尊厳死協会(1976年設立時には安楽死協会)の会員数は10万人を超える。
DNAR[ないしDNR(Do Not Resuscitate)]は、心肺蘇生措置の拒否という患者の希望を、医師やその他の医療者による指示という形で記録化し、救急搬送時など医療機関外でも対応可能とするものである。 90年代初頭から始まり2000年までには米国の大多数の州で法的効力(と利用時の法的責任の免除)を認める法律が成立した。
文書性を含め法的な効果を生む様式性ではなく、終末期のケアの充実のために相互対話の促進に注目するのが、POLSTである。1995年から米オレゴン州で始まったPOLSTでは、1~2年で最期を迎えうる重篤な病状の患者と近親者が医師、看護師などと対話を重ねたうえで、治療中止ありきではなく患者の希望する治療やケアを探り、その結果を医療者が文書化し、緊急時にも患者の希望が尊重される仕組みとして考案され広がった。 批判もあるが、死亡場所・急性期病院への入院率などで、患者の希望に沿う形となっているという調査結果が出ている。
結局問われているのは、延命のみに重きを置くのではなく、人生の最終段階で様々な背景や人生観を持つ患者一人ひとりの思いに寄り添った医療・ケアをいかに実現するかという医療・ケア全体の質向上に関わる問題であり、1つの法的文書の存在だけで解決しうる問題ではない。何よりも重要なのは、いかに死を迎えるかという単純な解答のない課題について、マニュアル的・画一的な対応ではなく、家族とともに多職種の専門家チームが悩みながら探っていくことである。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】