医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-14.患者からの謝礼
北村 聖(国際医療福祉大学医学部長、東京大学名誉教授)
古くからの慣例として、入退院の際に医師に謝礼を持っていくことが多かった。最近はずいぶん少なくなってきたが、それでも手術の際などに謝礼を持ってくる患者・家族が見られる。
謝礼についてどのように考え、対処したら良いのであろうか。
臨床研修指導者講習会などではよく謝礼に対する考え方をワークショップなどでディスカッションしてもらっている。
以下はその一例である。
事例:83歳女性 胃がんの手術をして無事退院することができた。
退院の朝、「先生のおかげで命拾いしました。心からの感謝の気持ちです。どうか受け取ってください」といって封筒に入れた現金を謝礼として渡そうとしている。
あなたならどうしますか?
研修医ならどうしたらいいですか?
こうした質問を投げかけていると、受講者からは、
①受け取って良いとするものは:素直な感謝の気持ちであり、受け止めるべきであると言うのが代表的なもの。
②受け取ってはならぬとするものは:病院の規則で現金や品物を受け取ってはならないとされている、とか、一人の患者から受け取るとキリが無くなるなどという意見が多い。
この状況を現金から、品物や自分の畑で取れた野菜などに変えていくと、多くの受講者はどこかでもらってもよいのではないかという意見になる。その段階で、もらってよいものと、もらっていけないものの境界を皆さんでディスカッションしてもらっている。
もちろん一定の結論は出ないが、参加者はそれなりに考えが整理されるようである。
基本的に、ギフトは窃盗ではないので犯罪ではない。されど、他者から見ると利益誘導につながっているように見える。
したがって、できるだけもらわないほうが良い。特に現金や商品券などは良くない。しかし、自分の家で取れた野菜や心尽くしの品物などは、断ることで人間関係を悪くする恐れもあり、臨機応変で対応すべきであると言うのが一般的な結論である。
本稿の結論もほぼ同じである。
- 原則、患者からの謝礼はもらわない。
- 特に、病院の規則などでもらわないとされている場合はもらわない。
- 患者・家族の素直な謝意と感じられたらもらうこともありうる。
- その場合も、常識的な範囲であること。
- 物品をもらったことで、患者を差別するようなことはあってはならない。
謝礼に関連して、患者からの食事の誘いにどのように対応すべきか? あるいは患者からの見合いの紹介にはどのように対応すべきか? などについても議論してもらっている。
いずれも結論の出ないものであるが、精神疾患のある患者、メンタルに特異的な患者などについての対応は、常に先輩、上司などと相談するように指導している。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】