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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-18.WMA患者の権利に関するリスボン宣言

畔柳 達雄(日本医師会参与、弁護士)


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 WMA患者の権利に関するリスボン宣言は、世界医師会の政策文書の中で最も社会的に知られたものの1つである。1981年9月、ポルトガル・リスボンの第34回世界医師会総会で採択されたこの宣言は、3文からなる前文とa)~f)まで6項目の権利に触れた文章からなる簡潔なものである。

 すなわち、前文第1文では、医師は良心に従い、常に患者の最善利益のために行動すべきであると述べ、次いで第2文では患者はa)医師を自由に選ぶ権利、b)プロフェッショナル・オートノミーを有する医師の診療を受ける権利、c)十分な説明を受けたうえで、治療の受け入れ/拒否を決定するいわゆる「インフォームド・チョイス」の権利、d)医師に秘密保持を期待できる権利、e)尊厳死を迎える権利、f)適切な精神的/道徳的慰めを受けまたは拒否する権利を有するが、これらは患者の有する主な権利の一部に過ぎないことを確認している。そのうえで、第3文では、法律、政府の規制がこれらの諸権利を否定する場合には、医師は適切な手段を用いて、それらの権利を保証し回復する努力をすることを、患者/社会に向かって宣言している。もっとも時代をやや先取りした感のあるこの宣言は、関係者の意気込みにもかかわらず、社会的にはあまり注目を引かず、何時の間にか諸宣言中に埋没した。

 しかるに1990年代に入って、アメリカの影響を受けてヨーロッパでも「患者の権利」が社会な的関心事となり、世界保健機構(WHO)ヨーロッパ会議は、1994年3月20日「"The Rights of Patients(患者の権利)"」(「"A Declaration on the Promotion of Patient's Rights in Europe(ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言)"」)という7節56項目に及ぶ長文の宣言を採択した。

 世界医師会は、WHOヨーロッパの上記のような動きを受けて、1992年リスボン宣言の改訂に着手したが、紆余曲折を経て1995年9月インドネシア・バリ総会で「1995年バリ改訂リスボン宣言」を賛成4分の3以上の多数決で採択した。

 1995年バリ改訂リスボン宣言は1981年の宣言とは内容・質ともに著しく変化しており、全く新しい宣言と見ることができる。事実この改訂によって「患者の権利に関するリスボン宣言」は、一挙に国際的な知名度を高めることになった。宣言は其の後2005年チリ・サンチアゴ総会で、表現上の微修正が行なわれたが実態は変わらず、2015年4月オスロ理事会で再確認されて現在に至っている。

 1995年バリ改訂リスボン宣言は、旧宣言の前文に相当する序文で、第一に「医師は、常に自らの良心に従って、また常に患者の最善の利益に従って行動すべきである」が「同時に患者の自律性(Patient Autonomy)と正義(Justice)を保証するために同等の努力を払わなければならない」と述べ、第二に「医療提供に関わる医師、医療従事者または組織は患者の諸権利を認識し擁護して(to recognize and uphold to these rights)いくうえで共同の責任を負っている。」と述べている。Patient Autonomyの保証と医療関係者が患者の諸権利が「human right(人権)」との認識のもとにその擁護者であることをより明確に表明したことが重要である。この改訂を契機に医師が患者の「Advocate(擁護者)」であるとする概念が定着することになった。法律、政府の規制が患者の権利を否定する場合の医師の対応を定めた旧第3文をそのまま残したが、人間を対象とする医学研究の対象(被験)者に対してもこの宣言が及ぶとする一文を加えたことはこの改訂の新機軸である。

 宣言の本文を「原則」と銘打ち、11項目(原則)の権利を列挙している。

 (1)原則1.「良質の医療を受ける権利」では、a)全ての人が差別なしに適切な医療を受ける権利があること、b)全ての患者がプロフェッショナル・オートノミーを有する医師による治療を受ける権利を有すること、c)患者は一般的に受容された医学原則に基づく最善の利益に即した治療を受ける権利があることを確認し、d)医療の質の重要性を説き、医師は医療の質の擁護者たる責任を負うべき(Physicians~should accept responsibility for being guardians of the quality of medical services)こと、e)医療資源が限られている場合の選択手続きの公平性に言及し、2005年一部微修正された、f)では同一患者を扱う医師間の協力義務と患者の継続受治療権などとなっている。

 (2)原則2.「選択の自由の権利」は、a)で旧第2項を受けて「患者は、民間公的部門を問わず、担当の医師、病院あるいは保健サービス機関を自由に選択し、または変更する権利を有すること、b)患者はいかなる段階でもセカンド・オピニオンを求める権利があることを追加した。もっとも、患者・医師関係が一対一から患者対チーム医療に大幅に軸足を移し始めた現在、これらの原則をどこまで維持できるかが疑わしく、この条項は再検討する必要が生じていると思われる。

 (3)原則3.「自己決定の権利」、原則4.「意識のない患者」、原則5.「法的無能力の患者」は、治療・研究の被験者となることの同意・承諾を巡って著しく発展した「Informed Consent (Decision)理論」を、判断能力がある場合およびない場合にとに分けて、取り入れたものである。

 (4)原則6.「患者の意思に反する処置」は、そのような処置を法律が特別に認めるか、医の倫理諸原則に合致し得る例外的な場合に限って、行うことができることを改めて強調している。

 (5)原則7.「情報を得る権利」は、バリ改訂で新たに新設・導入された条項である。5項目からなり、中心になるのは患者の診療諸記録(の情報)である。20世紀末、医療事故訴訟が世界各地で燃え盛っており、患者の診療諸記録(情報)入手は、どの国/法域でも、法律上の重要な解決課題とされていた。そのような中で、必ずしも理論的とはいえないにしても、世界医師会が、患者には診療諸記録上の情報を得る権利があることを正面から容認し、宣言したことはまさに画期的である。この第7原則の導入により、リスボン宣言は国際的な知名度を獲得し、主としてヨーロッパ諸国における「患者の権利法」創設ラッシュにつながるのである。

 (6)原則8.「秘密保持を得る権利」すなわち患者に関係する情報の守秘義務は、ヒポクラテスの誓い以来、医師にとって最も基本的な義務であり、WMAの最初の宣言であるジュネーブ宣言にもそのことが謳われている。しかしながら、20世紀末ごろから、例えば児童・高齢者虐待、家庭内暴力問題が頻発し、社会・公共の安全を守る見地から、これらの診療に係わる医療関係者の守秘義務の修正が必要とされ、多くの国々で法律的な手当てが行われた。世界医師会でもこのような事情を勘案した結果、本項b)で患者の明確な同意がある場合あるいは法律に規定されている場合には、守秘義務を免れることが可能であるとした。もっとも医師の守秘義務は、医師専門職の核心的な義務であることにかんがみ、このような場面に直面した医師は、充分に情況を考慮したうえで、慎重に対応することが望まれる。反面c)では、守秘義務の対象を大幅に広げて「人体を形成する物質を含めて個人を特定し得るあらゆる患者のデータを保護の対象」とすることを明記している。

 (7)原則9.「教育を受ける権利」、原則10.「尊厳に対する権利」が新たに加えられた。後者のc)では終末期の尊厳死について言及しているが、同時にb)で「最新の医学知識に基づき苦痛を緩和される権利」すなわちpalliative(緩和ケア)についても言及していることが注目される。


 (8)11.「宗教的支援を受ける権利」は81年の宣言をそのまま承継したものである。

 以上が現行リスボン宣言の概要である。医療をめぐる技術革新は日進月歩であり、マネージドケアなど医療供給体制に影響することが予想される。まさにそのような場面において医療関係者は、患者の自律を尊重し患者の権利の擁護者であるとの立場を確認しつつ行動することが求められている。

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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