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医の倫理の基礎知識 2018年版
【人を対象とする研究】H-5.死体解剖保存法とサージカルトレーニング

町野 朔(上智大学名誉教授・同大生命倫理研究所客員研究員)


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1.死体解剖保存法と死体の解剖

 警察犯処罰令(明治41年)は、「許可なくして人の死屍又は死胎を解剖し又は之れが保存を爲したる者」を「20圓以下の科料」で処罰していたが、戦後廃止されたために、これに代わって死体の解剖を規定するものとして制定されたのが死体解剖保存法(昭和24年)である。同法は、同時に、行政解剖を規定した「死因不明死体の死因調査に関する件」(昭和22年のポツダム省令)、死因調査終了後の引き取り手のない死体に関する「大学等への死体交付に関する法律」(昭和22年)を吸収した。

 警察犯処罰令においては、無許可の死体解剖は警察の死因究明を妨害する行為であった。これに対して死体解剖保存法においては、死体解剖の教育・研究についての積極的価値を前提としつつ、その実行の適正さを確保することが「目的」とされている(死体解剖保存法1条。以下、条文だけを引用するときは同法のそれである)。

 死体解剖保存法は、死体の解剖については保健所長の許可を得るのを原則とし、それを要しない場合を列挙している(2条1項)。だが、「解剖」の定義、それぞれの解剖の目的、名称は同法には規定されていない。以下の(a)~(d)についての説明は一般に理解されていることを前提とする。太字部分の解剖の名称も、(b)以外は法律では用いられていない、一般の慣例的呼称である。

(a)病理解剖:「死体の解剖に関し相当の学識技能を有する医師、歯科医師その他の者であって、厚生労働大臣が適当と認定したものが解剖する場合」(2条1項1号)。病因解明を目的とする解剖を想定している。原則として、遺族の承諾が必要であるため(7条)、「承諾解剖」といわれることもある。

(b)系統解剖:医学・歯学に関する大学・大学学部の「解剖学、病理学又は法医学の教授又は准教授が解剖する場合」(同2号)であり、遺族から提供された死体(献体)、引き取り手のいない死体(12条、13条)について「身体の正常な構造を明らかにするための解剖」(10条)。(a)と対応させる意味で「正常解剖」と呼ばれることもある。献体法(医学及び歯学の教育のための献体に関する法律)は、これを「医学又は歯学の教育として行われる身体の正常な構造を明らかにするための解剖」として、この呼称を用いている(2条)。

(c)行政解剖:行政機関の行う死因究明のための解剖監察医が死因を明らかにするために行う解剖(同3号、8条)、食品衛生法・検疫法による解剖(同5号、6号)。

(d)司法解剖:警察・検察・裁判所が行う解剖。刑事訴訟法、「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」による解剖による解剖(同4号、7号)。

2.死体損壊の違法性の阻却

 刑法(190条)は、「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者」を3年以下の懲役で処罰している。解剖実習も「死体の損壊」ではあるが、死体解剖保存法の(b)の「系統解剖」として許容されていることになる。このような許容事情は、法律学では、"死体損壊の違法性が法律によって阻却される場合"と説明されている。

 死体損壊の違法阻却事由となる法律は死体解剖保存法だけでなく、墓埋法(墓地、埋葬等に関する法律)、臓器移植法(臓器の移植に関する法律)もある。さらに、法律に規定のない行為であっても、違法性が阻却されることはある。海上への散骨は墓埋法に、組織移植は臓器移植法に、いずれも明文で規定されていないが、これが違法であって死体損壊罪を成立させるものとは考えられてはいない。死体解剖についても、死体解剖保存法の規定する上記(a)~(d)以外の解剖であっても許されるものがある。サージカルトレーニングはその例である。

3.「解剖」とサージカルトレーニング

 海外では、遺体を用いた手術手技の研修(cadaver training)は行われてきた。日本では解剖実習は(b)の「系統解剖」として行われているが、サージカルトレーニングについては明文で定められたルールはない。日本外科学会・日本解剖学会は、「遺体による手術手技研修は、障害や生命の危険があるために生体では確認ができない部位や、詳細な確認が不可能である部位の解剖学的知識の学習が可能となり、手術手技を習得するのに優れた教育手段である」として、サージカルトレーニングは「死体解剖保存法、献体法の範疇で実施」すべきだとして、その「ガイドライン」を定めた(臨床医学の教育及び研究における死体解剖のガイドライン〔2012年〕。以下、ガイドラインという)。

 だが、サージカルトレーニングの目的は死体解剖保存法の(b)「系統解剖」を含め(a)~(d)の解剖のいずれの目的にも該当しないのであり、「死体解剖保存法、献体法の範疇」にあるとはいえない。ガイドラインの趣旨は、死体解剖保存法の規定しないサージカルトレーニングであっても、同法が(b)の「系統解剖」の条件としている解剖資格、解剖場所に従うべきであること、献体法3条の本人の意思を重視すべきであるということである。

 「ガイドライン」はさらに、サージカルトレーニングの目的・内容の妥当性について「大学の倫理委員会」が審査し承認すること、献体登録者が生前に自分の身体がサージカルトレーニングに使用されることを書面によって表示していること、家族がいる場合にはその「理解と承諾」が得られていることを条件としている。これらは死体解剖保存法の(b)の「系統解剖」の条件に上積みされたものであるが、サージカルトレーニングについての社会の理解を得ていくためには妥当なものであろう。

文献

1)岩佐潔:死亡診断書と死体解剖 国際死因分類と死体解剖保存法解説 医学叢書42.日本医学雑誌,東京,1950.
2)石本宏明:死体解剖保存法の解説」検査と技術.1979;7(8):630-635.
3)畔柳達雄:医療と法律 大学病院の医療事故(10)―死体解剖保存法による摘出臓器等の返還請求の可否 臓器等利・活用の展望(一般)。耳鼻咽喉科展望,2001;44(5):422-432.

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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