医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師の基本的責務】A-10.診療報酬についての審査、指導
松本 純一(前日本医師会常任理事)
1.審査について
患者の命を守るために臨床現場で行われる治療行為は、患者の年齢、性別、体重、病態、合併症等の個別性を踏まえた医学的判断の下で行われている。保険医療機関は、臨床現場で行った医学・医療を、国が定めた「療養担当規則」や「点数表の解釈」等の保険診療ルールに基づき、審査支払機関にレセプト請求を行う。
しかし、保険診療のルールのなかに、すべての事例の判断が書き込まれているわけではない。同じ病名でも病態が異なるなど個人差があり、同じ病態でも病期等の医学的判断が必要になるように、医療機関から請求される個々のレセプトは疾患の多様性や医療機関ごとの特性を反映して、個別性の強い内容になっている。これらを十分配慮し、審査では医学的判断が尊重されている。
審査は、地域の医療の現状を把握している同業の医師によるピアレビュー・同僚審査であり、不適切な請求を抑止する機能がある。同じ基準に立つピアレビューであるからこそ、審査結果に対する保険医療機関・保険医の納得が得られやすい。また、審査支払機関では、医療機関に適切なレセプトを提出するよう要請している。
審査は、事務チェック、審査委員相互による医学的チェック、保険者によるトリプルチェックになっており、公正が保たれている。
適切なレセプトの大前提として適切な保険診療がある。保険診療は健康保険法等の医療保険各法に基づく、保険者と保険医療機関との間の公法上の契約であり、保険医療機関の指定、保険医の登録は保険診療のルールを熟知していることが前提となっている。
しかし、個々の患者の診療では医師が必要と考える医療行為と医療保険で認められているものと異なることもあり、また審査委員会の見解が割れるケースもある。
2.指導について
健康保険法により、適切な保険診療が行われるように保険医・保険医療機関が指導を受けることが規定されている。現行の「指導大綱」に改正されるまでは、いきなり個別指導が実施されていた。これについては、各医療機関からの不満の声もあり、そこで経済上の措置、すなわち返還金を求めない集団的個別指導を創設するなどの改正が、中医協で1年半もの審議を経て成立し、平成8年度以降実施されている。
保険医療機関に新規指定されると、集団指導・個別指導が行われるが、この指導はあくまでも教育的なものであり、懇切丁寧に行うこととなっている。その後、レセプト1件当たりの平均点数が高い医療機関は集団的個別指導の対象となるが、実質「集団指導」となっている。集団的個別指導を受けた医療機関のうち翌年度の実績でもなお高点数の医療機関が個別指導の主な対象となる。この場合、解釈誤りなどによる不適切な請求が認められたものについては返還金を支払わなければならないことにもなる。
指導において行政側はレセプトにより診療経過や算定根拠の確認を行うため、医療機関側は診療の根拠をしっかり説明できるよう準備をする必要がある。そのためには常日頃から診療録(カルテ)の記載が重要である。
平成29年度から厚生労働省や各厚生局のホームページに、集団指導で使われる資料や各点数項目における指摘事項などが掲載されており、参考にされたい。
なお、架空請求、付増請求、振替請求、不当請求などは、厳に慎むべきであることは当然であり、日医として厳正に対処する。悪質な違反行為に関係した医師は、返還金の支払いとともに、譴責、医師免許停止や取り消しなどの処分を受けることになる。解釈や認識誤りから、自覚のないままに不正請求をしてしまうことのないよう、またルールを外れてしまった場合の自浄作用の活性化も含め、日医として保険診療ルールの徹底に努めていく。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】