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医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師の基本的責務】A-12.医の国際倫理綱領

畔柳 達雄(日本医師会参与、弁護士)


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 世界医師会(WMA)は、1948年9月のジュネーブ宣言に続き、1949年10月第3回(ロンドン)総会で「医の国際倫理綱領」(International Code of Medical Ethics;ICoME)を採択した。前者は、新人医師・医学生が、医師会など医師専門職団体・医師教育機関に参加するに当たり、医療の受け手である患者・社会ならびに教師および同僚に対する公約と覚悟を宣誓する文章である。後者は、医師専門職が共通に保有すべき義務を「医師の一般的な義務(duties of doctors(physicians)in general)」、「医師の病人(患者)に対する義務(duties of doctors<physicians>to the sick<patients>)」および「医師の相互義務(duties of doctors <physicians>to each other)」の三部構成に分類して掲げたもので、各国医師会の「医の倫理綱領」ないしは「医師職業倫理(指針)」の原型を提示したものである。

 DoGとICoMEとは相互補完関係にあり、医師と患者・社会および医師と医師との関係を律している。

 1949年10月採択されたICoMEは、1968年8月シドニー総会、1983年10月ベニス総会、2006年10月南アフリカ・ピラネスパーク総会で改訂されて現在に至っている。

 本稿末尾に、2006年ピラネスバーク総会最終改訂「ICoME」の和訳を掲載する(表1)。ジュネーブ宣言の例に倣い、各条項の冒頭に一連番号、末尾に各条項の制定および改訂年を付記した。

 ICoMEの1949年版では全15項目(枝番を算入)だったものが、最終改訂が行われた2006年ピラネスバーグ改訂版では、「医師の一般義務」が6項目から12項目に、「患者に対する医師の義務」が4項目から7項目にそれぞれ増加し、全22項目になっている。この綱領は、日常的に医療活動をする医師のために「ジュネーブ宣言」を具体化し、敷衍するものであることから、医学・医療技術の発展、医師・患者関係の変化、社会関係の変化・複雑化に伴い、取り扱う内容・対象が増加する宿命にある。半世紀間に、項目・記述内容が増えたことがそのことを示している。

 1983年改訂で新設の第4項は冒頭「人間の尊厳に対する共感と尊厳の念をもって」はアメリカ医師会倫理綱領第1文を継受したものである。2006年改訂の際には、「医師の一般義務」中に、患者の権利に関する2005年改訂リスボン宣言を受けて「患者の自己決定権の尊重」(第2項)、「患者の差別禁止」(第3項)を導入しており、さらに「能力不足、反倫理的医師を通報する義務」(第5項)、「患者と地域社会のための医療資源の最善活用義務」(第5項)、「精神的・身体的疾患を抱える医師の受治療義務」(第11項)、「地域および国の倫理綱領の尊重義務」(第12項)などの新規定が設けられた。

 また、「医師の患者に対する義務」では、「医師は医療の提供に際して、患者の最善の利益の為に行動すべきである。」(第14項)、利益相反に関する「医師はある第三者の代理人として行動する場合、患者が医師の立場を確実にまた十分に理解できるよう努めなければならない」(第18項)との新規定を導入し、ヒポクラテスの誓いに回帰して「診療中の患者との性的関係、虐待的・搾取的な関係の禁止」(第19項)を求めている。

 さらに、リスボン宣言を受けて医師の守秘義務につき社会・公共利益のための例外規定(第16項)を設けた。

 「患者の最善の利益のために行動すべきである」と述べた第14項は、2006年改訂ジュネーブ宣言の「私の患者の健康を私の第一の関心事とする」とのセットで、2008年ソウル改訂ヘルシンキ宣言に引用されたのを契機に、その後のWMAのさまざまな政策文書中に取り入れられている。

 「医師の同僚医師に対する義務」では、1949年版は患者の引き抜き・取り合い禁止を強調していたが、2006年改訂では医師同士の協調に方向転換している。

 以上が、ICoMDのあらましであるが、その後の先進諸国の「Code of Medical Ethics」の変遷をみると、「Genetics and reproductive medicine」(遺伝学及び生殖医療)、「Caring for patients at the end of life」(終末期の患者に対するケア)、「Organ procurement and transplantation」(臓器の取得と移植)、「Research and innovation」(研究及び技術革新)などにも言及している。WMAはこれらの問題については、すでに独立の政策文書を発表しているが、今後、本綱領の見直しの際には、それらの実績を踏まえた上での改訂が必要とされ、大改訂となることが予想される。

表1 WMA医の国際倫理綱領

  1. 一般的な医師の義務
  2. 医師は、常に何ものにも左右されることなくその専門職としての判断を行い、専門職としての行為の最高の水準を維持しなければならない。(1949、2006)
  3. 医師は、判断能力を有する患者の、治療を受けるか拒否するかを決める権利を尊重しなければならない。(2006)
  4. 医師は、その専門職としての判断を行うに当たり、その判断は個人的利益や、不当な差別によって左右されてはならない。(2006)
  5. 医師は、人間の尊厳に対する共感と尊敬の念をもって、十分な専門的・道徳的独立性により、適切な医療の提供に献身すべきである。(1983)
  6. 医師は、患者や同僚医師を誠実に扱い、倫理に反する医療を行ったり、能力に欠陥があったり、詐欺やごまかしを働いている医師を適切な機関に通報すべきである。(2006)
  7. 医師は、患者を紹介したり、特定の医薬製品を処方したりするだけのために金銭的利益やその他報奨金を受け取ってはならない。(1949,1983,2006)
  8. 医師は、患者、同僚医師、他の医療従事者の権利および意向を尊重すべきである。(1983)
  9. 医師は、公衆の教育という重要な役割をもっていることを認識すべきだが、発見や新しい技術や、非専門的手段による治療の公表に関しては、十分慎重に行うべきである。(2006)
  10. 医師は、自ら検証したものについてのみ、保証すべきである。(1949)
  11. 医師は、患者や地域社会のために医療資源を最善の方法で活用しなければならない。(2006)
  12. 精神的または身体的な疾患を抱える医師は、適切な治療を求めるべきである。(2006)
  13. 医師は、地域および国の倫理綱領を尊重しなければならない。(2006)
  14. 患者に対する医師の義務
  15. 医師は、常に人命尊重の責務を心に銘記すべきである。(1949)
  16. 医師は、医療の提供に際して、患者の最善の利益のために行動すべきである。(2006)
  17. 医師は、患者に対して完全な忠誠を尽くし、患者に対してあらゆる科学的手段を用いる義務がある。診療や治療にあたり、自己の能力が及ばないと思うときは、必要な能力のある他の医師に相談または紹介すべきである。(1949,1983,2006)
  18. 医師は、守秘義務に関する患者の権利を尊重しなければならない。ただし、患者が同意した場合、または患者や他の者に対して現実に差し迫って危害が及ぶおそれがあり、守秘義務に違反しなければその危険を回避することができない場合は、機密情報を開示することは倫理にかなっている。(1949,1968,2006)
  19. 医師は、他の医師が進んで救急医療を行うことができないと確信する場合には、人道主義の立場から救急医療を行うべきである。(1949,1983)
  20. 医師は、ある第三者の代理人として行動する場合、患者が医師の立場を確実に十分に理解できるよう努めなければならない。(2006)
  21. 医師は、現在診療している患者と性的関係、または虐待的・搾取的な関係をもってはならない。(2006)
  22. 同僚に対する医師の義務
  23. 医師は、自分が同僚医師にとってもらいたいのと同じような態度を、同僚医師に対してとるべきである。(1949)。
  24. 医師は、患者を誘致する目的で、同僚医師が築いている患者と医師の関係を損なってはならない。(1949,1983,2006)
  25. 医師は、医療上必要な場合は、同じ患者の治療に関与している同僚医師と話し合わなければならない。この話し合いの際は、患者に対する守秘義務を尊重し、必要な情報に限定すべきである。(2006)

(日本医師会訳)

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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