医師のみなさまへ

医の倫理の基礎知識 2018年版
【遺伝子をめぐる課題】E-3.遺伝子治療と倫理

福嶋 義光(信州大学名誉教授)


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 遺伝子治療は、外来遺伝子をさまざまな方法を用いて生体細胞内で発現させることにより、遺伝性疾患、がん、ウイルス感染症などの治療を目的とする医療技術である。遺伝子を組み込んだベクターを投与する体内(in vivo)遺伝子治療と、患者から取り出した標的細胞に体外で遺伝子を導入し、この遺伝子導入細胞を投与する体外(ex vivo)遺伝子治療がある。遺伝子の変異が発症の要因になっている疾患では、正常な遺伝子を補充することで治療効果があると期待されており、がんや難病に対しての開発が進んでいる。実際に欧米ではすでに計7品目が上市されている1)

 現在行われている遺伝子治療は、この治療を受ける患者だけが遺伝子操作の影響を受けるため、本人がそのリスクと便益を十分に理解し、治療を受けることに同意しているのであれば基本的に倫理的問題は少ないと考えられるが、遺伝子治療は、未だ研究段階にあり、慎重に取り組む必要があるため、わが国では厚生労働省の「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」(平成27年8月12日、平成29年4月7日一部改正)に従って実施する必要がある。

 遺伝子治療等臨床研究は、有効かつ安全なものであることが十分な科学的知見に基づき予測され、生殖細胞等の遺伝的改変が起こらないものについて研究計画が立てられ、倫理委員会の承認を経て実施される。実施に際しては、適切な説明に基づくインフォームド・コンセントが確保されており、これらの経過は厚生労働省に報告される。

 遺伝子治療等臨床研究の実施に際しては、染色体への遺伝子挿入による発がんの可能性、生殖細胞に遺伝子導入されるリスク、ウイルス・ベクターが増殖能を獲得する可能性、遺伝子治療を受けた患者からのウイルスやベクターの排出による家族や医療従事者への伝播リスクなどについて検討する必要がある。

 今後、早急に検討しなければならないのは、現在、早急に研究が進められているゲノム編集技術を用いた遺伝子治療である。従来の遺伝子治療は、遺伝子を補充・付加する治療法であり、異常遺伝子は残ったままであることや、遺伝子の組入部位はランダムであるため、がん化のおそれがあり、また発現調整ができないことなどの限界があった。

 一方、CRISPR/CAS9などを用いたゲノム編集では、異常遺伝子や不要な遺伝子を破壊できることや遺伝子の変異を修復できること、また安全な場所に遺伝子を組込むことができ、発現調節も可能となるなど従来の遺伝子治療では実現できない治療が可能になると期待されている。

 生殖細胞以外の体細胞に対して適用する際には、特に大きな倫理的問題は生じないが、異常遺伝子を修復するという遺伝子改変を可能とする技術であることから人の受精卵や生殖細胞、そのほか将来、人の個体の形成につながる可能性のある細胞において、病気の予防や健康の強化の目的で用いようとする研究も想定されるようになった。日本遺伝子細胞治療学会では、人の胚細胞や将来個体になる生殖細胞などを対象とした、遺伝子が改変された受精卵が成育することにつながるゲノム編集技術の応用を禁止すべきであるという声明を公表している。

文献

1)内田恵理子:遺伝子治療とゲノム編集治療の研究開発の現状と課題.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/genome/advisory_board/dai4/siryou4-1.pdf

(平成30年8月31日掲載)

目次

【医師の基本的責務】

【医師と患者】

【終末期医療】

【生殖医療】

【遺伝子をめぐる課題】

【医師とその他の医療関係者】

【医師と社会】

【人を対象とする研究】

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