医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-15.外国人患者への対応
島﨑 美奈子(東京都医師会理事)
近年、日本を訪れる外国人は急増している。日本政府観光局の発表では、平成29年の訪日外国人は推計、前年比約20%増の2,869万人で過去最高となった。その約85%がアジア各国からの旅行者である。さらに、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には4,000万人になると試算されている。観光客誘致や留学生の受入れ増加が政府レベルで推進されているなかで、医療にかかわるトラブルも多く発生し、外国人対応医療の整備が早急に求められている。
旅先で言葉の不自由を感じる外国人旅行者は、軽症でも圧倒的に救急対応を求めることが多い。訪日外国人の約2~4%が何らかの疾病で医療機関にかかるという統計もある。平成24年から外国人も住民基本台帳制度の対象になったため、3か月以上日本に滞在する外国人は国民健康保険に加入することになった。そのため在留外国人患者はほとんどが保険証をもって受診するようになってきたが、経済的理由で医療機関にかかるのが遅れ重症化する事例も多い。言語・生活習慣・宗教の違い、各国の医療制度の根本的な相違、医療費請求の問題、海外保険会社との事務的作業、医事紛争の対応など医療機関にかかる負担は大きい。言葉の障害はもとより、日本の医療制度を知らない患者に対し、問診・検査や疾病、投薬の説明、海外旅行保険の書類作成・支払まで、受付窓口での対応も含め手間と時間がかかり日常の診療に支障を来すこともある。
受付から調剤までの速やかで正確な多言語による対応、生活文化の相違によるインフォームド・コンセントの障害を解決する対応マニュアル、海外旅行保険等書類の記載や、未払いリスクも踏まえた医療費請求の詳細な対応まで整備すべき課題は多い。
整備が遅れると、外国人患者に対する応招義務について法的に論じる必要も生じるであろう。医師法19条1項では「正当な理由」がなければ診療を拒否することはできないとされる。言葉が通じない・患者と意思疎通が難しい・保険に加入していない・未払いの可能性がある・宗教的な問題などを理由に診療を拒否することは法的にどう解釈されるのか。外国人医療においては過去の判例も少なく法的検討は十分に論じられていないのが現実だ。しかし、これまでの法的解釈のもとでは前述した事項はいずれも「正当な理由」に該当しない可能性は高い。取り組まなければならない事項は以下のように整理できる。
①外国人患者受入れ医療機関の現況の把握と整備
②医療機関の役割分担を含めた医療提供体制の構築
③外国人患者対応支援研修の開催等、医療機関への支援
④消防庁・宿泊施設など関係機関との連携
⑤医療通訳の充実
⑥外国人向け情報サービスの拡充
⑦医療費未払いや医事紛争に対する法的整備
これらの課題に対して具体的な整備が遅れると、私たち医師が各々にこれまでに確立してきた医の倫理に基づく診療体制が揺らぐ懸念も払拭できない。医師、医療関係者が外国人対応医療の現実を把握し、行政や医師会のサービスなどの情報を共有し円滑に利用できる体制作りが重要だ。
WMAジュネーブ宣言では「医師としての職責と患者の間に年齢・疾病もしくは障害、信条、民族的起源、ジェンダー、国籍、所属政治団体、人種、性的志向、社会的地位あるいはいかなる要因でも、そのようなことに対する配慮が介在することを容認しない」として医師としての倫理的立場を明らかにしている。医療機関にとってリスクの高い外国人患者への医療提供体制の構築をすることは、実は、わが国における医師としての倫理を論ずる礎となる。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】