医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と患者】B-13.伝統医療・補完代替医療(CAM)とその問題点
羽鳥 裕(日本医師会常任理事)
現在、われわれの行っている医学は古代ギリシャ、古代ローマを原点として西欧で発展したいわゆる西洋医学で、客観的証拠を重視し、物理、化学、生物学などの科学に支えられてきた医学である。特に数多くの動物実験や臨床研究とそのデータの統計学的分析評価によって発展して来たもので、多くの人々に認められ世界の医学、医療の本流となっている。
しかし、西洋医学でも治らぬ病気もあり、また西洋医学は人の病気の原因は臓器の細胞の異常とし、患者の全体像を捕らえようとしない欠点がある。さらに西洋医学以外の医療の方がより低侵襲で安価であるといった理由から、そのような医学・医療に頼ろうとする人も多いのが現状である。このような医学・医療は西洋医学を補完・代替するものをCAM(compensatory and alternative medicine;補完代替医療)として、また、古より独自の体系をもち発展してきた特有の医学を伝統医学(traditional medicine)と呼び、さらに特に東洋で発展した医学を総称し西洋医学と対比し東洋医学と名付けている。
この伝統医学としては中国に中医学、インドのアーユルヴェーダ医学などが有名で今日でも多くの人がその恩恵にあずかっている。さらに、その他ホメオパシー、気功、ヨーガ、カイロプラクティック、アロマテラピー、ハーブ療法などの民間療法も数多く枚挙にいとまない。また、上述のような医学の学会も活動しており、さらに西洋医学を含むあらゆる医学を統合した医学、統合医学(integrate medicine)を目指すといった学会もあり、それぞれ研究、議論を深めている。
しかし、こういった西洋医学以外の医学、医療はある程度の効果があるものの、西洋医学に比べてその効果については客観的証拠に乏しいものが多く問題があり、世界全体として西洋医学が標準的医療として主流を占めているのが現状である。
わが国は古くより中国の医学を輸入し、またその医学は特有の発展をしてきたが、江戸時代になるとオランダを通じて西洋医学が流入し、これは蘭方と呼ばれ中国の医学は漢方と呼ばれるようになった。
明治維新になると新政府は漢方医を排しドイツ医学を範として西洋医学の導入を決め、以降わが国は西洋医学が主流となって漢方は廃れた。しかし、近年に成り、再び漢方が見直され、数多くの漢方薬が保険収載され、医学部でも漢方の教育がなされるようなってきたが、なお一部に過ぎない。
ともあれ現在の西洋医学では統計学に裏打ちされた客観的証拠が重要視されており、医師はより信頼できる証拠、エビデンスに基づく医療を提供しなければならない。これはEBM(Evidence -Based-Medicine)と呼ばれている。
しかし、疾患によって補完・代替医療のほうが良さそうなこともあり、また患者も希望するようなときには、医師はその適応を考慮し、特にその治療の内容、効果についての評価、デメリットなどを患者によく説明しておくことが大切である。このような補完・代替医療は一般に副作用が少ないといえようが、それでも皆無ではない。
また、西洋医学に基づく標準医療が有効なのにあえてそれ以外の医療に頼り有効な治療を受ける機会を断たれ、病気が進行したりすることもある。特に治療の難しい病で藁をも掴もうという患者に非常に高額の費用を支払わせ、治療効果の疑わしい療法を受けさせるということも起こる。さらに生活習慣病などでは効果の疑わしいいわゆる健康食品や保健薬が宣伝され横行しており、健康面でも経済面でも不利益を与えているのが現状であるため注意すべきである。
最近では伝統医療や補完・代替医療についても西洋医学と同様に客観的証拠を示そうという試みもなされているが、特に治療の有効性についてのさらなるエビデンスの積み重ねが必要であろう。また、エビデンスは常に信頼度の向上に向けて進歩しており、西洋医学に基づく医療のみならずその他の医療についても、臨床医は不断の勉学を通じて、より信頼性の高いエビデンスに基づく医療を提供するように努めることが重要である。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】