医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と社会】G-8.児童虐待と医師の対応
奥山 眞紀子(国立成育医療研究センター特命副院長)
1.児童の権利
日本が国連の児童の権利条約を批准したのは1994年であるが、それを担保する国内法がない。そのようななか、少なくとも福祉に関しては、平成28年児童福祉法改正によって、その理念は児童の権利条約により、権利の主体である児童の権利保障であることが明記された(1~3条)。子ども虐待は子どもへの権利侵害として最も重大なものの1つであり、弱者としての子どもを虐待から守ることは大人の義務であり、さらに専門家である医師はそれ以上の責任がある。
2.早期発見の義務、通告義務および国や地方公共団体への協力
子どもとかかわることが多い専門家に対して、児童虐待の防止に関する法律(以下「防止法」)5条では、医療機関や医師に児童虐待の早期発見に努めるように求めていると同時に、児童虐待の予防、防止、児童の保護、自立支援に関して、国および地方公共団体の施策に協力するよう努めるよう求めている。そのうえで、6条では、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。」とされている。つまり、子ども虐待は疑ったら公的機関に通告することが定められているのである。
臨床では保護者と子どもの治療を進めていくのが一般的であるため、保護者を疑うことに罪悪感をもつことが多い。また、虐待を疑ったとき、それを証明できなければ、「疑わしきは罰せず」という意識が存在する。しかしながら、逮捕などにより加害者の人権制限を行う警察や司法と異なり、通告先は福祉であり、保護者を支援して虐待を食い止めるのが目的である。声を上げられない子どもを救うためには、「疑わしきは行動を起こす」を徹底しなければならない。
3.要支援児童等の情報提供
さらに、児童虐待の予防の必要性から、平成28年改正児童福祉法21条の10の5第1項では、病院や診療所や医師、看護師等は、要支援児童等(支援を必要とする妊婦「特定妊婦」が含まれる)と思われる者を把握したときは、当該者の情報をその現在地の市町村に提供するよう努めなければならないことが規定され、虐待に至っていなくても支援を必要とする子どもや妊婦がいたら市町村に情報提供することが求められるようになった。
4.関係機関からの児童相談所への情報提供
平成28年に改正された防止法13条の4では病院、診療所や医師等は市町村や児童相談所長から児童虐待に係る児童又はその保護者の心身の状況等に関する資料や情報を求められた場合、適切な理由がある場合は提供できることが明記された。ただし、当該資料又は情報を提供することによって、児童、その保護者その他の関係者又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは、この限りでないことも記載されている。個々の事例で慎重に判断されなければならない。
5.要保護児童対策地域協議会(要対協)
要対協とは地域のネットワークであり、児童福祉法25条の2に規定されている。子ども虐待は医療機関のみで対応できるものではない。医療、保健、福祉、教育、警察、司法、民間等様々な関係機関が集まり、要保護児童や要支援児童や特定妊婦の支援を行うためである。また、協議会は関係機関に情報を求めることができることも明記されている。
6.守秘義務との関係
児童福祉法では通告および要支援児童等の情報提供に関しては、「刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第1項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。」と記載されている。また、要対協はそれ自体に罰則付きの守秘義務(25条の5・61上の3)が課されているため、その内部で情報提供することは守秘義務違反にならない。
7.医師の使命
法律は医師に虐待防止を求めるとともに、それを行う際の抵抗感を除いてくれている。医師は法律があるからだけではなく、常に児童の権利を守る使命を負っていることを意識して診療していくべきである。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】