医の倫理の基礎知識 2018年版
【医師と社会】G-4.死亡診断書と死体検案書
今村 聡(日本医師会副会長)
いわゆる医師の応招義務を定めた医師法第19条はその第2項で、「診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」とし、死亡診断書を含む診断書一般と死体検案書等の文書の交付義務を規定している。一般的な診療内容を証明する診断書には法的に決められた書式は存在しないが、死亡診断書と死体検案書については、医師法施行規則第20条(第四号書式)に共通の書式が定められており、表題部分の不要な方を二重線で消去することとされている。ちなみに、これらの医学的文書のうち、死亡診断書は医師と歯科医師が作成しうる(歯科医師法第20条、同施行規則第19条の四)ものの、死体検案書については医師以外には作成しえないとされている。
死亡診断書と死体検案書はいずれも人間の死亡を医学的・法律的に証明する文書であるとともに、わが国の死因統計を作成する際の基礎的な資料としての役割ももっていることから、これらの文書を作成する際には、できる限り事実を正確に記すよう努める必要がある。両者の使い分けについては、臨床の場でもしばしば戸惑うことがあるが、原則的な考え方としては、医師が「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡した」と認める場合には死亡診断書を交付し、それ以外の場合には死体検案書を交付するものとされている(厚生労働省「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」)。
これに関連して現場で誤解や混乱が起きやすいのが、最終診察から死亡までの時間との関係である。すなわち、医師法第20条は本文で無診察による治療や診断書・死体検案書等の交付を禁止するとともに、その但し書きにおいて「但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない」と規定している。これは、原則として医師は自ら患者を診療しないで診断書や検案書を交付することは許されないが、現に診療を継続中の患者がその疾患で亡くなった場合には、最後の診察から24時間以内であれば、例外的に遺体を確認することなく死亡診断書を交付してよいとの趣旨であり、たとえば、最終診察から24時間以上経過した場合には死体検案書しか交付できないといった解釈は誤りである。すなわち最終診察から24時間以上経過している場合には、改めて死後の診察を行い、死亡原因が診療中の疾患に関係するものと判断されれば、死亡診断書を交付することが可能である。もちろん、死後の診察により、診療中の疾患と関係ない死亡原因が疑われた場合には死体検案書を交付し、さらに状況によっては異状死体として警察に届け出る必要があることは言うまでもない。
この最終診察から24時間以内に交付する死亡診断書の例外的規定については、内容の正確性を期す上からも、たとえば他の医師から臨終時の状況を聞き取ることができる場合などごく限られた状況下にとどめるべきであり、法令上は許容される場合であっても、できる限り死亡後に改めて自ら診察したうえで死亡診断書を交付するよう努めるべきとの考え方が厚生労働省の前記マニュアルにおいても示されている。
死亡診断書と死体検案書は、記載すべき項目に違いはないものの、現行のままの使い分けを続けていくことに衛生行政上の必要性があるのか、また、死因検索の手段として、解剖以外にも薬毒物検査や死亡時画像診断(Ai)など新しい手法が活用されてきている中で、現行の書式も抜本的に再検討すべき時期に来ている。さらに、将来的にはこれらの文書の電子的な提出を可能とすれば、さまざまな行政手続きの簡素化や死因情報の正確かつ有効な活用にも途が開かれていくと考えられ、目下、各方面で基礎的な検討が進められている。
(平成30年8月31日掲載)
目次
【医師の基本的責務】
【医師と患者】
【終末期医療】
【生殖医療】
【遺伝子をめぐる課題】
【医師とその他の医療関係者】
【医師と社会】
【人を対象とする研究】